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はじめに
精神医学の歴史は,均等で漸進的な歩みではなかった。ごく短期間に力強い新勢力が台頭し,それまで優勢だった旧勢力を傍らに押しやり,新たな学問的な潮流を生み出していく―そのような変革期として,100年前と現在はよく似ている(表1)。それは「心から脳へ」の時代,その幕開けとさらなる深化を象徴するものである。
操作的診断が精神医学の表舞台に登場したのは,DSM-Ⅲの発表された,1980年のことである。これに先行して,おそらくは1970年頃から,生物学的精神医学という新たな名称を携え,精神医学の脳科学的側面が脚光を浴びるようになってきた。従来の精神病理学と新たな生物学的精神医学という2つの学問は,対立しつつも,車の両輪にたとえられ,精神医学を支え正しい方向へと導くことを期待されていた。
それから早くも四半世紀が経過し,精神医学は大きな変貌を遂げた。脳科学の進歩と統計学的手法の積極的導入により,一般身体医学と,精神医学とを隔てていた垣根が取り除かれ,精神医学はやっと科学的医学の仲間入りをすることができたのである。もっとも,この四半世紀の変化は,自然科学的側面の隆盛とひきかえに,人文科学的側面を大きく後退させることになった。精神分析,そして精神病理学もその1つである。この変化が真の進歩であれば,異議を唱える必要はない。しかし,我々は念願だった統合失調症や躁うつ病の本質に近づきつつあるといえるのだろうか2)。精神医学は,その両輪のバランスを失い,さながら一輪走行で安定を欠いているようにみえる。
本論では,疾患原因追究の道をひた走る現代精神医学のジレンマを浮き彫りにし,あらためて精神医学にとって「疾患とは何か」を問う。そして自然科学としての精神病理学の限界,了解(可能性)の重要性について論じたい。
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