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はじめに
上部消化管疾患の頻度や形態は大きく変わりつつある.以前は,萎縮性胃炎や消化性潰瘍が多かったが,最近では,逆流性食道炎や機能性ディスペプシア,十二指腸炎などの疾患が著しく増えている.胃ポリープについても組織形態の変化が認められ,萎縮性胃炎を背景に発生していた腺窩上皮過形成性ポリープから,萎縮と炎症のない胃粘膜に発生する胃底腺ポリープへと変化している(Fig.1).その背景には,Helicobacter pylori(H. pylori)感染率の低下1),食生活を中心としたライフスタイルの欧米化,高齢者人口が増加したことなどが関与している.特に,H. pylori感染率の低下とNSAIDs(non steroidal anti-inflammatory drugs)や低用量アスピリン,さらに,抗血栓薬や抗凝固薬による薬剤の影響は大きく,胃潰瘍の発生頻度のみならず,その発生部位と形態のほか,萎縮性胃炎や胃癌,逆流性食道炎,胃ポリープなどの,多くの疾患の発生頻度や形態像に影響を与えている.そこで,本特集号では胃潰瘍を取り上げ,「胃潰瘍は変わったか─新しい胃潰瘍学の構築を目指して」と題して,胃潰瘍の病態と形態の変化について,多くの画像とともに論じられている.
胃潰瘍は慢性消化性潰瘍と呼ばれていたように,胃酸分泌がその発生に強く関与し,易再発性の疾患で,時に難治化することがあった.しかしながら,H2受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor ; PPI)などの強力な胃酸分泌抑制薬の開発と,胃潰瘍の再発予防のためにそれらの薬剤の維持療法が行われ,さらに,H. pylori除菌療法が普及し,胃潰瘍は難治・再発性の疾患ではなくなってきた.
本特集号では,H. pylori感染の有無で大きく潰瘍の病態を分けているが,H. pylori感染率が著しく減少しつつある現状では,H. pylori関連胃潰瘍についての論文は貴重な内容と報告となる.H. pylori起因潰瘍に変わって増加してきたのは,薬剤に起因する胃潰瘍であり,基礎疾患を有する高齢者の増加によりその頻度も増加してきたが,最近ではPPIによる予防が普及し,その頻度も低下しているようである.一方,まれではあるが,H. pylori除菌後に胃潰瘍が発生することがあり,さらに,H. pylori感染が陰性で,薬剤の既往歴もない,これまでの胃潰瘍の発生論では論じることができないような胃潰瘍も経験されるようになってきた.さらに,胃潰瘍に類似した潰瘍型胃癌,梅毒や結核,サイトメガロウイルスなど感染症による胃潰瘍も忘れてはならない.H2受容体拮抗薬やPPIが使用されるまでは,難治性の繰り返す胃潰瘍や十二指腸潰瘍は胃切除術の対象であった.また,出血性消化性潰瘍に対する内視鏡的止血術が普及し,胃切除術も減少している.したがって,吻合部潰瘍に出会う機会も少なくなっているようである.
本特集号では,H. pylori陽性潰瘍が激減している状況下で,歴史的背景を考慮し,H. pylori関連胃潰瘍と吻合部潰瘍について,common diseaseとなった薬剤起因性胃潰瘍,徐々に増加しているH. pylori除菌後の胃潰瘍と非H. pylori・非薬剤性の胃潰瘍,胃潰瘍の形態を示す胃癌などの腫瘍性病変,さらに小児の胃潰瘍については,胃潰瘍の将来像を考えるうえで重要な課題であり,それぞれ,症例経験が豊富で,胃潰瘍の発生病態に通じた先生方が執筆してくれている.主題症例としては,悪性リンパ腫様の形態を呈した良性潰瘍例,良性潰瘍との鑑別が問題となったびまん浸潤型胃癌例,多彩な胃病変を認めたサイトメガロウイルス感染や胃梅毒に伴う胃潰瘍症例を取り上げ,さらには,今後増える可能性がある,Helicobacter heilmannii感染による胃潰瘍をノートとして取り上げている.
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