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私の思い出深い1冊を紹介したい.私が1984年に医学部を卒業し,2年間の内科研修を終えて北九州で後期研修をしていた頃,潰瘍性大腸炎の癌化が本邦でも話題になり始めていた.同時に,大腸にも胃と同様に平坦陥凹型腫瘍が存在するという衝撃的な報告が始まった頃で,これからは大腸の時代が来ると言われていた.平坦陥凹型大腸腫瘍の存在とその診断学を発展させられたのは,当時秋田赤十字病院におられた工藤進英先生(現 昭和大学横浜市北部病院 教授)で,まだファイバースコープの時代で前処置も悪く,1人法の大腸内視鏡挿入手技が一般化していなかった.“大腸IIc”が学会で活発に議論される時代の幕開けの頃,1989年に広島大学第一内科に帰学し,研究室の上司(隅井浩治先生)から「田中先生は大腸に興味があるようだから,大腸腫瘍の集計をしなさい」と,大腸をテーマにいただいたのが今の自分が存在するきっかけである.そして,「秋田に大腸IIcという病変があるみたいなので,大腸内視鏡挿入手技も含めて工藤進英先生のところに見学に行って来なさい」と言われ,短期ではあるが,1990年に秋田赤十字病院へ研修に行かせていただいた.当時は,工藤進英先生の神業的大腸内視鏡挿入手技をレクチャースコープで1人ずつ見学させていただいたものであるが,スコープの挿入と引き抜きのあまりの速さに驚嘆した.私が,「どうしてこのような速い操作で大腸IIcが見つかるのですか」と質問したところ,工藤進英先生は,「田中先生,高校生にはプロのピッチャーのボールは見えないだろうけど,川上哲治にはボールが止まって見える.それと同じだよ」と言われ,妙に納得したのを鮮明に覚えている.実際工藤進英先生は,非常に速い内視鏡操作で大腸IIcを沢山発見し報告されていたので,疑う余地もなかった.そのとき,秋田赤十字病院にたまたま本号が届き,それをめくりながら工藤進英先生に詳細に大腸IIcの解説をしていただいたことを鮮明に思い出す.
現在では,学生の教科書にさえ,大腸IIcが当たり前のように記載されているが,当時は“幻の病変”といわれており,大腸IIcを何例もっているかが大腸内視鏡医のステータスでもあった.今,本誌を見直してみると,大腸IIcの本体が明らかでないあの黎明期に,内視鏡所見,実体顕微鏡所見,注腸X線所見,病理所見などが多くの先生によって詳細に解析され,立派な論文として記述されている.当時,腺腫と癌の組織診断基準に関する激しい議論,adenoma-carcinoma sequenceとde novo発癌,あるいは,ポリープと平坦陥凹型腫瘍のどちらが大腸癌のメインルートなのかなど,多くの話題を活発に討論したものである.この中には,いまだ解決されていないものもあるが,現在,学問は進歩し,serrated pathwayなどの新たな発癌経路やSM癌の取り扱い,実体顕微鏡観察から発展したpit pattern診断学のみならず,NBI/FICE(narrow band imaging/flexible spectral imaging color enhancement)などの画像強調観察,さらには,endocytoscopy,molecular endoscopy,大腸カプセル内視鏡など,新たな病態や技術が論じられている.この新たな展開の中で本誌を熟読し,原点を再認識することが今後の研究に役立つと思うのは,私だけであろうか.
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