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筆者が小学生のころ,スキーが好きな時期があった.ある日,若いころスキー選手だったという父親が筆者に新しいスキー板を買ってきた.それは身長の2倍もあるプロスキーヤーが使用するものであった.“これを自由に操るようになれば,オリンピックに出れる”と父は言った.残念ながら筆者は逆にスキー板に操られた.リフト待ちの集団に追突した後,スキーが大嫌いになった.それ以来,スキー靴を履くことはなかった.
大腸内視鏡検査で財を成した権威者の一部は“せっかくcolonoscopeを買うのなら,total colonoscopyのできる長い内視鏡を買いましょう”,“修練して短時間で盲腸まで入れなければならない”とか“このスコープを自由に使えるようになってこそ一流の内視鏡医である”とかよく言う.昔聞いた言葉に似ている.高い理想の下に購入されたが,結局使用されなくなったcolonoscopeの存在は少なくないであろう.たまたま成功した者が,成功した後に現在の自分でも越えられないような高いハードルを掲げ,理想論を言うことは勝手である.だが,内視鏡検査はスポーツや競技ではない.内視鏡医の絶対的不足状態を鑑みれば,大腸内視鏡検査はそのような高いハードルでは困るのである.プライマリーケアの医師がsigmoidoscopyを簡単にできるようになればストーマの患者は激減するであろう.sigmoidoscopyで観察される範囲は上皮性腫瘍の頻度が高く,注腸X線で見逃しが多い部位である.その意味から米国では看護婦にsigmoidoscopyを行う資格を与え,需要に応えている.しかし,全く未熟な者が行えば,それなりの危険性を伴うことが危惧される.腫瘍発見数に相関して穿孔数も増えたというのであれば,大腸内視鏡は“諸刃の剣”となってしまう.大腸内視鏡検査による穿孔は毎日1人以上,日本のどこかで生じていると推定され1),その部位のほとんどはS状結腸であることから,無闇にsigmoidoscopyを普及させることはできない.その問題をクリアすべく開発されたsigmoidoscopeがCF-SV(オリンパス社)2)である.通常の大腸壁は3cm2/kg以上で穿孔する3)が,このCF-SVはいくら強く押してもその域に達しない4).すなわち,何らかの原因で腸管が非常に脆弱していない限りにおいて穿孔は生じえない.先端径が9.6mmと細く柔軟に設計されており,他のスコープに比して著しく痛みを抑制して下行結腸まで挿入できる.すなわち,挿入痛による過換気症候群は生じえない.また,腸管過伸展による迷走神経反射,低血圧の発生を抑制しうる.このスコープは特別に挿入法を修練する必要はなく,管腔が見えれば進み,見えなくなれば引くという単純な動作を繰り返すだけで挿入される1).腸管の走行のまま挿入されるため,シャフトの有効長は103cmで通常のsigmoidoscopeよりやや長い.初心者の場合,この安全なスコープで大腸内視鏡に慣れた後に余裕があれば長いスコープにチャレンジしてもよかろう.ちなみに筆者はtotal colonoscopyもこのスコープで行っている.下行結腸より深部への挿入には若干の技術が必要であるが,ここでは割愛する。正直に言うと,現在,筆者はCF-SVがなければ大腸内視鏡検査は億劫な状況となってしまった.いったん,オートマチック車に慣れた後にマニュアル車を運転できないような感覚に近い.
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