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A氏は若い頃炭坑で働き,塵肺症を長きにわたって患い,60歳にいたって喘息症状をきたすようになっていた.私の外来へは他医よりの紹介状を持って来院し,2年ほどが経過していた.前医の処方どおり,プレドニゾロン10mg/dayを常用し,特にステロイド薬による副作用もなく喘息症状もおおむね良好にコントロールされていた.若干,高血圧および高血糖の傾向があったため,プレドニゾロンの減量・中止を試みることとした.2週間に2.5mgずつ減量し,うまくいけば2カ月で中止する予定とした.7.5mg/dayへの減量は問題なく進み,5mg/dayへ減量した.減量がうまく進まないとすれば,喘息症状のぶり返しが起こると考え,理学所見に注意を払って経過をみたが,自覚症状も問題がなく順調に減量が進んでいるように思われた.その時点での生化学検査でGOT341U/l,GPT51IU/l,ALP230IU/l,LDH598IU/lなど軽微な肝機能異常が示されたが,特に気を止めなかった.さらに2.5mg/dayに減量した途端,本人が倦怠感,食思不振を訴えて来院し,生化学検査で,GOT455IU/l,GPT415IU/l,ALP322IU/l,LDH735IU/l,T-BIL5.4mg/dlという結果を得た.A型およびC型肝炎は否定されたがHB抗原陽性と判明し,前医に問い合わせたところ,A氏は無症候性HBキャリヤであったことが確認された.ステロイドを再度増量するも肝細胞の崩壊は加速度的に悪化し,胆汁うっ滞傾向も出現,亜急性肝炎の状態に陥った.しかし,プラズマフェレーシス,体外循環でのビリルビン除去などの濃厚治療を施し,約2カ月の長期を要してようやく一命を取り留めた.
HBキャリヤのHB抗原および抗体のseroconversionを目的としてステロイドによるリバウンド療法というものがある.A氏の場合は意図せずにそのリバウントを引き起こし重症肝炎にいたらせてしまったと考えられた.多くの病態において使用されるステロイド薬は直接の副作用も当然注意されるべきであるが,この症例のように既に長期に使用されステロイドの存在が恒常化している個体において,その中止が予期しない現象を引き起こすことがあることを思い知らされた.それ以来,ステロイド薬の使用およびその増減については肝疾患にかかわる現病歴と既往歴をことさらに確認するようにしている.
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