公衆衛生人国記
秋田県—地域医療と地域保健の包括を目指す
加美山 茂利
1
Shigetoshi KAMIYAMA
1
1秋田大学医学衛生学
pp.779-782
発行日 1988年11月15日
Published Date 1988/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401207817
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秋田大学に医学部が設置されたのは昭和45年で,もうすぐ20周年になろうとしている.秋田の公衆衛生人国記を語るに当たっても,やはり大学のことを考えに入れざるをえない.それは大学と公衆衛生の関係ではなく,むしろ,大学がなかったために公衆衛生人の活躍が,独自の光を放ったことについてである.
東北地方でも,山形,秋田の両県を除いて各県ともに医学校があり,それなりに公衆衛生活動にも,大学に対する何らかの依存があったといってよい.秋田にも戦時中の一時期,県立女子医専があったが,校舎の焼失とともに廃校となった.したがって大学のない条件下での県民医療と保健の向上ということが,官民をあげての目標の一つとなり,その態勢作りに独自の努力が重ねられた.
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