特集 ニュータウン
千里ニュータウンの表と裏
朝倉 新太郎
1
1大阪大学医学部公衆衛生学教室
pp.614-615
発行日 1971年10月15日
Published Date 1971/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401204354
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1970年,わが国ではじめて開かれた万国博覧会をみるために,大阪北郊の会場,千里丘陵におしよせた人の波は6,000万人にものぼった.幾分とも,未来社会の気分に酔ったであろうそれらの人びとの眼には,隣接する400万坪,人口15万の新都市,千里ニュータウンの近代的なたたずまいも,あるいはもはや古ぼけたまちとしての印象としてしか映らなかったかもしれない.
しかし,よかれあしかれ,千里ニュータウンは,規模,内容からいって,20世紀後半における"経済大国"日本を代表するモニュメントとして,ほど良く万博会場に隣接して存在する資格をもっていたのである.そこでの生活や保健,医療の本筋については,別に金田報告がのべているので,私はそれを補足する意味で,いくつかのエピソードを綴ることにしたい.
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