- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
はじめに
日本における衛生行政は,それが近代的な意味で緒についたとみられる医制公布(1874,明7)から数えてもすでに94年を経ており,その歴史はまさに明治百年と軌をひとつにするものといえる。この1世紀は,入間の歴史として類のない波乱と激動の連続であったが,とくに日本にとっては,その立ち遅れた近代化促進の過程として,文字どおり困難と栄光と苦渋に満ちた波乱万丈の1世紀であった。行政とは,本来,政治的権力に裏づけられた諸政策の社会的な実現過程である。したがって,欧米諸国の場合も同様であるが,この100年間における日本の衛生行政の発展過程もまた,あらゆる意味において,日本の近代化の基本的政策そのものの特質を直接間接に反映していることは,その歴史がこれを示している。
国連は,第二次大戦の悲惨な経験と各国の国民生活の破壊を克服する社会保障確立の時代としての1950年代に対し,1960年代を経済開発と社会開発の均衡を強調するDevelopment Decadeとして全世界に協力を呼びかけている。明治百年という時期が,世界の歴史にとって,このように一面でははてしない技術革新,工業化,都市化による人間の物的生活の発展の可能性を示唆する半面,恐るべき人間疎外の様相を深めている。また,一歩方向を誤まるならば人間の生活と人間性を決定的な破滅に追いこむ絶望的な危機をはらむ時期であることは,日本にとっても,世界にとっても,まことに重大といわなければならない。明治百年を契機として,明治維新の再評価や日本の近代化をめぐる多角的な討議や学問的な掘り下げが,各方面でとり上げられていることは,このような観点から意義の深いことである。衛生行政百年の歴史の考察もまた,その根底において,人間の歴史における今日の時代の意義と,その決定的な問題性をふまえたものでなければならないことは明らかであろう。
Copyright © 1968, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.