特集 綜合保健活動と医療機関
主題参加
公衆衛生活動と医療機関の結びつき
ある国立療養所とある開拓村
月岡 和雄
1
1国立富士療養所
pp.254-256
発行日 1965年5月15日
Published Date 1965/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203041
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国立療養所の立場:国立療養所はご承知のごとく,戦後の結核対策に大きな役割を来してきたことは間違いのないところであるが,ここ数年来結核対策の一応の整理段階に至ると同時に,その在り方に対し種々論議がなされるようになった。国療の役割を国立の医療機関として今少しすっきりしたものにする必要があるというのである。ところが国療の大部分は,その立地条件がいわゆる辺地ないし準辺地といわれるところに存在している。したがって,現在のようにその地域の医療需要に応じた医療組織が望まれる時代には,隔離を目的とした戦前の考えから発足した国療の存在は,地域住民との結びっきに大いに戸惑いを感ずる立場にある。従って国療が他の一般病院同様その地域社会とどのように結びついて,その地域ごとの医療水準を向上させ得られるか,この辺に将来の国療の在り方としての方向があるのではないか。
開拓村との結びつき:筆者がこの観点に立ち,広大な富士山麓にて酪農事業に従事している西富士開拓団があり,しかもこの集団が無医地区として放置され,また自分たちの健康を顧みる余裕もなく重労働に従事していることを知った。
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