連載 フィールドに出よう!・11
共に暮らし,心通わせ,同じ目標に向かう―スリランカ農村の環境を活かしてマラリア予防
安岡 潤子
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1東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻国際地域保健学教室
pp.904-907
発行日 2012年11月15日
Published Date 2012/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401102588
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人生の転機はスラム街で
今から13年前の冬,パキスタンの商都カラチにあるスラム街を訪れた私は,長老の家でハエの浮いたミルクティーをご馳走になっていた.家畜小屋と一体になった,土壁の粗末な家.糞尿の臭いが鼻を衝く.当時私は国際環境NGOの職員として,パキスタンで環境教育を実施していた.汚水やゴミに埋もれて環境汚染が進むこのスラム街の住民のために,身近な自然を守り環境を改善する大切さを理解してもらう教材を何とか作ろうとしていた.「私たち人間の最優先課題は,動植物を守り自然と共生すること」と,いくら熱心に語りかけても,長老はこの企画に全く興味を示してくれない.ショックだった.
帰り道,落胆しながら迷路のような路地を歩いていると,あちらこちらから視線を感じた.粗末な家の軒先に座っている人々はやせ細り,目は虚ろ.子どもたちは汚れたシャツ1枚に裸足で,ハエにまとわりつかれている.ハッとした.日々の暮らしで精一杯の人たちに,自然保護や環境保全だけを呼びかけても心が通じないのは当然.身近な環境を改善することで1人でも多くの人が健康になり,やがて教育を受け安定した仕事や収入を得ることにつながる.そんな風に説得できたらいいけれど,今の自分は勉強不足.それならば環境と健康のつながりを勉強し,途上国の人々のために真に役立つ仕事がしたい.あの日スラム街で芽生えた気持ちが,国際保健の道を目指す原点になった.
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