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はじめに
自然界には放射線および放射性物質が存在する.土壌,岩石,空気中にも存在し,われわれは自然界からも日常ごくわずかではあるが放射線を浴びている.食物にも自然の放射性物質は含まれるため,体内にも放射性物質は存在する.航空機にて外国へ旅行すれば通常より高い被ばくを受ける.これらのことを気にしている方は少ないが,放射線には,色も香りもなければ味もなく,被ばくしていること自体がわからない,という事実もその理由の一つである.したがって放射線事故現場にいても,何が起きているのか全くわからない.治療を必要とする線量の被ばくを受けても,症状が出るまでに時間を要する.他方,がんのリスクが上がることも知られている.このように放射線に関する不安を大きくする因子は多い.
一方,放射線と被ばくに関する知識は,学校教育で十分行われておらず,これは医学教育でも然りである.放射線被ばくに関する不十分な知識は,誤った考えや偏見につながる.物理学者で夏目漱石との親交が深く,多くの随筆を残した寺田寅彦は,自著の中で「ものを怖がらなさ過ぎたり,怖がり過ぎたりするのはやさしいが,正当に怖がることはなかなかむつかしい」(「小爆発二件」寺田寅彦随筆集第六巻「雑槽集」)と述べており,高知市の邸址にある碑文は「天災は忘れられたる頃来る」(寺田寅彦記念館―高知市公式ホームページ),「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向がある」(「天災と国防」)など,今回の東京電力福島第一原子力発電所の事故を経験して,氏の観察能力の高さに驚く.
現代の生活では,放射線は医療領域以外でも驚くほど様々な分野で利用されている.これは便利だからであり,1895年のレントゲンによるX線の発見以来,長期にわたり利用されているが,発見の翌年の1896年に,放射線による脱毛や皮膚障害が報告されて以来,発がんを含めた放射線障害の報告は相次ぐ.しかしながら,放射線利用はとどまるところを知らず,放射線利用による利益と障害・被ばく線量の低減化との戦いが,現在の放射線防護学の発達につながっている.
本稿では,公衆衛生従事者に必要な放射線と放射線被ばく基礎知識として,放射線の線質,被ばくの様式のみならず,原子力・放射線災害に伴う特殊性と問題点にも触れる.
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