フォーラム
過大視されるリスクと過小視されるリスク
西澤 真理子
1
1シュトゥットガルト大学環境技術社会学科(ドイツ)
pp.652-657
発行日 2006年8月1日
Published Date 2006/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401100632
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広がる不安と予防原則
「失敗に対する事前の保証がないのであれば危険を冒さない(“no trial without prior guarantees against error”)1)」.これは予防原則の核となる考え方のひとつである.予防原則(precautionary principle)とは,未知のリスクを未然に防ぐ,もしくは軽減するための,いわば法的なバリアである.潜在的リスクを科学的な根拠から推測し,法的な方向から抑制をかけることで,われわれの社会,環境,健康を守るわけである.現在,科学・技術関連の多くのリスクマネジメント分野で注目を浴びている.
戦後,科学が急速に発展し,その技術の応用で社会が発達,その利便性を享受してきたのが現代社会である.その一方,科学・技術の発展の副産物としての環境問題,健康問題が世間の注目を浴び,科学・技術そのものに現代社会は疑いの目を向けるようになった.それが予防原則の登場してきた大きな背景である2).ダイオキシン,環境ホルモン,遺伝子組み換え作物,いわゆる狂牛病(BSE: bovine spongiform encephalopathy)や電磁波の健康被害が世間で騒がれると,メディアは「危ない」情報を発信し,市民社会は政府や業界に対し,予防原則など,「後悔するより安全(better safe than sorry)」の概念に基づいた,倫理的に担保される方策を求めてきた.日本で予防原則という言葉が頻繁に聞かれるようになったのは1998年前後であるが,いわゆるダイオキシン騒動の頃と重なる.
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