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はじめに
母指球の萎縮は,日常診療でしばしば遭遇する手の症候である.その代表的な原因は手根管症候群(carpal tunnel syndrome:CTS)であり,母指球萎縮をみた際にまずCTSを想起するのが自然である.しかし,母指球萎縮は必ずしもCTSすなわち手首部での正中神経障害だけを意味しない.母指球筋は,末梢神経としては正中神経支配が主であるが,髄節としては主にT1,次いでC8の関与を受ける.したがって,母指球萎縮はCTSのみならず,T1/C8神経根ないし前角細胞の障害,腕神経叢の下神経幹障害,運動ニューロン疾患など,さまざまな病態でも生じ得る.
脊椎脊髄疾患を診療する立場から特に重要なのは,母指球萎縮を呈した患者において,頸椎症を疑うべきか,あるいは末梢神経障害の可能性を考えるべきか,さらに筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)を想起すべきなのはどのような場合か,という点である.高齢者では頸椎MRIに無症候性の変性所見がしばしばみられ2),逆に頸椎症例でも画像所見が目立たないことがある11).したがって,画像所見だけで局在を決めるのではなく,病歴,神経学的所見,電気生理学的所見を組み合わせて判断する必要がある.
本稿では,まず母指球の解剖と診察の要点を整理し,次いで母指球萎縮を主徴とし得る疾患として,CTS,頸椎症性筋萎縮症(cervical spondylotic amyotrophy:CSA),真の神経性胸郭出口症候群(true neurogenic thoracic outlet syndrome:TN-TOS),ALSを中心に解説する.最後に,母指球萎縮をみた際の実践的な鑑別手順を述べる.

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