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5月,連休明けの新緑がまぶしい季節に私は横浜・みなとみらいで開催された日本脳神経外科コングレスに出席した.この学会は,日本脳神経外科学会総会と並ぶ,脳神経外科領域で本邦最大級の学術集会である.全国から多くの脳神経外科医が現地に集まり,活発な議論と交流が行われた.初めてこのコングレスに参加したのは卒後3年目で,私はまだ駆け出しの若手医師だった.その年は大阪大学が主催で,最先端の手術手技や器具の開発に関する発表の数々に目を見張り,「いつか自分もこんな手術ができるようになりたい」と強く心を動かされたことを,今でも鮮明に覚えている.あれから20年以上が経ち,学会で議論されることも以前とまったく異なるようになってきている.今回の学会でも,「優れた手術技術をどう習得し,患者に還元し,後進に伝えていくか」という従来の外科医の本質的議論は依然として主流であったが,それに加えて「革新的技術を研究から生み出し,社会にどう届けるか」という観点の講演が目立つようになってきた.社会の構造や価値観の変化が医療に対しても大きな変革をもたらしてきているのだ.
この20年,世界は大きく揺れ動いてきた.特にこの数年間,この揺れはますます大きくなっている.新型コロナウイルスの世界的流行はいまだ完全な収束をみせず,地政学的な緊張も各地で高まっている.ウクライナやガザの戦争,関税戦争による経済摩擦,サプライチェーンの混乱,資源の奪い合い—どれもかつての医療者があまり意識してこなかった問題である.しかし今や,こうした世界の変化が,私たちの研究費,医療資材,薬剤の安定供給にまで影響を及ぼす時代となった.これは,日本が天然資源に乏しく,他国との貿易関係の中で初めて成り立っている国であるからにほかならない.世界を見渡してみても,資源大国はこのような影響を受けづらく,多国間関係の中で圧倒的優勢を占めていることがよくわかる.だが,その一方で,日本は長寿世界一といわれる高水準の医療をもち,国民皆保険という制度のもとに,誰もが一定の質の医療を受けられる体制を築いてきた.これは,世界的にみてもきわめて稀有な例であり,われわれ日本の医師たちはこの制度の中で,技術と経験を積み重ねてきた.しかし,制度としての強さがある一方で,日本の医療・研究は産業としての発信力という点ではまだ十分とは言い難い.脊椎脊髄分野のインプラントをみても,実際に使用されている製品の多くは海外製だ.スクリューの改良やケージの進化,ナビゲーション機器や内視鏡手術の普及,手術用ロボットの登場といった革新は,現場に大きな恩恵をもたらしているものの,それに伴う利益や技術の主導権は,しばしば海外企業に握られているのが現状である.
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