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心臓は絶え間なく全身に血液を送り続けるポンプとして,常に物理的あるいは化学的ストレスに相対しながら,全身の恒常性を維持しようと働く強靱で健気な臓器である。しかし,その適応が破綻すると生命維持に関わる重篤な疾患につながる。実際,心臓病はわが国における死因の第2位を占め,年間約20万人が犠牲となっている。こうした現状を背景に,2018年には「脳卒中・循環器病対策基本法」が制定され,死亡率第4位の脳卒中と共に循環器疾患の予防と治療に対する体制づくりが進み,健康寿命の延伸や医療・介護費の負担軽減が図られている。その基盤となり,新たな治療戦略を生み出す心臓研究の社会的ニーズは極めて大きい。
こうした臨床的・社会的重要性に加え,心臓研究にはユニークな学術的面白さがある。刺激伝導系によるリズムの生成と伝播,その電気的刺激に応答する心筋の収縮機構,更には自律神経による調節機構といった電気生理学的・力学的特性は,古くから研究されつつも今なお新しい課題を提供し続けている。加えて,1980年代の心房性ナトリウム利尿ペプチドの発見と構造決定以来,心臓は内分泌器官としても位置づけられ,神経体液性因子やサイトカイン,代謝産物などを介して様々な臓器と広汎なネットワークを形成していることが明らかにされてきた。また,心臓の内部においても,シングルセル/空間オミクス解析やイメージング技術などによって,細胞多様性や発生分化機構,微小環境の不均一な構造が高解像度で再構築され,ストレス応答や再生,線維化などの病態プロセスの分子基盤が次々と解明されている。更に近年では,これらの知見とゲノムワイド関連解析,マウス遺伝学などの進展により,疾患の発症機序や病態の理解に幾つものパラダイムシフトがもたらされ,新たな治療法の開発へとつながっている。

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