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はじめに
高齢者が入浴中に死亡する事故は年々増えている。2022年に家庭にて浴槽内・浴槽への転落による溺水で死亡した人は65歳以上で5,758人(うち80歳以上が3,657人)、10年前の2012年(4,616人、うち80歳以上が2,612人)と比べ1,000人以上も増え、同じ年齢層における交通事故死者数(2,154人)の約2.7倍に上る1)2)。また、入浴中の死亡は浴槽内の溺死だけでなく、心血管疾患などによる突然死が浴槽内外で起こり得るため、実際にはもっと多い。2022年に東京都23区で入浴中に死亡した65歳以上の1,556人のうち、8割近くは病死だった(病死1,231人、溺水170人、その他155人)3)。
入浴中の死亡は、脱衣所と浴室との温度差、長時間の高温浴、浴槽内の水圧によって、血流・血圧が急激に変化したり体温が上昇したりすることで、意識障害が引き起こされ浴槽内で溺水したり、心血管疾患などを発症したりすることによる。そのため、入浴中の死亡は冬期に起こりやすい4)5)。また、高齢になるほどそのリスクは高く、基礎疾患のある人や飲酒直後もそのリスクは高い4)5)。
入浴中の死亡は、その発生要因が明らかなため、予防可能と考えられる。消費者庁は、入浴前に脱衣所と浴室を暖めること、湯温は41℃以下で温浴は10分までにすること、食後すぐ・飲酒後・服薬後に入浴しないこと、浴槽から急に立ち上がらないこと、同居者に見守ってもらうことを推奨している6)。しかし、こうした入浴事故対策はあまり普及していない。消費者庁が2015年に55歳以上の3,900人を対象に行った調査によると、冬期に脱衣所や浴室を暖めている人は64%、湯温が41℃以下で温浴時間が10分以内の人は42%にとどまっていた7)。
入浴事故対策の普及は、そのリスクが特に高い後期高齢者、家族に見守ってもらえない単独世帯、事故時の対応が難しい高齢夫婦のみの世帯が増加していることから、喫緊の課題といえる。しかし、そのような立場に置かれた高齢者がどれだけ対策を講じているか把握されていない。そこで、本研究では東京都豊島区の調査データを用いて、その実態を検討した。なお、本研究は自治体が行っている各種調査を政策や活動の立案・実施に生かす方法を例示するために行った。

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