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学会記
第1回国際薬理学会印象記
田辺 恒義
1
1北海道大学医学部薬理学教室
pp.215-218
発行日 1962年8月15日
Published Date 1962/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425906247
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- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
1950年に国際生理科学連合(IUPS)が出来,1959年にはIUPSの中に薬理部門(Section of Pharmacology,SEPHARと略記)が誕生,爾来SEPHARはIUPSの一部門として国際生理学会に参加して来た。しかし近年薬理学者の数が著しく増し,学問の内容も膨大になつたので,国際生理学会の外にSEPHAR主催の国際薬理学会を持つて見ようという事になり,まづ組織委員会が出来た。委員長Schmidt教授(米),副委員長Uvnäs教授(スェーデン),事務局長Wretlind博士及び同補佐Berglund博士(スェーデン),委員21名からなつた。日本からは東大熊谷洋教授が委員となつた。かくして1961年8月22〜25日第一回国際薬理学会がStock holmで開かれるに至つた。同年8月中旬にMoscowで開かれた第5回国際生化学会に出席した人達の参加し易い時期を選んだ事はいうまでもない。
学会準備を担当したのはKarolinska Institutの薬理学教室(教授1,副教授2,助教授2,講師及び助手14名外に研究員従業員等を合せて総勢約70名の陣容と聞く)であり,之にスカンジナビア4カ国の薬理学者の応援があつた様である。

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