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整形外科を育てた人達 第9回
Albert Hoffa(1859-1908)
天児 民和
1
1九州大学
pp.1104-1108
発行日 1983年10月25日
Published Date 1983/10/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408906841
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Albert HoffaはStromeyerによって開発された整形外科を近代化しドイツ的整形外科の基礎を造成したと言っても過言ではあるまい.彼の指導を受けた多くの整形外科医が近代のドイツ整形外科を確立したからである.
彼は南アフリカのKapokolonicに1859年5月31日に誕生した.父はドイツ人の医師Dr. Moritz Hoffaで,出身地はKasselである.教育は祖国で受けることになりAlbert Hoffaは7歳になってから父の郷里であるKasselの小学校に入り,この町で勉学を続け19歳で高校を卒業し,医学を学ぶ決心をしてMarburgとFreiburg大学で勉強をした.1883年に医師試験に合格してFreiburg大学のProf. Hermann Maas(1842-1886)の助手に採用された.ここで"Bleiniereについて"という鉛中毒に関する論文でDoktorとなっている.その後Maas教授がWürzburg大学に移ったのでHoffaも一緒に移った.ところが不幸にしてMaas教授は1886年に44歳の若さで急死した.その後任にProf. Karl Schönborn(1840-1906)が選ばれた.

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