Japanese
English
発言あり
雪と文化
近 寅彦
,
島畑 光信
1
,
牧野 由美子
2
1北海道鷹栖町民生課
2島根県出雲保健所保健予防課
pp.73-75
発行日 1992年2月15日
Published Date 1992/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401900512
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- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
「越後の雪 新潟の雪」
「元日は大吹雪とや潔し 素十」
雪国の越後を素十はこう写生している.素十は高濱虚子に学び,秋桜子と並び称されるホトトギス同人である.私が新潟大学医学部に入った頃,素十は法医学教授で本名を高野与己といいやがて奈良医大に転出された.
その2代あと,教室を主宰された茂野録良教授は素十から六花の俳号をもらい,雪国越後の春を
「吹きそめし雪解の風のつやつやと」
と詠んだ.ちなみに素十は新潟医大の学長を務め,六花も新潟大学学長に選ばれている.雪国の新潟を脳外科のメッカとした,日本の脳外科の父,中田瑞穂教授も素十とは東大の同窓同期のホトトギス同人で,“みづほ”と号し,新潟の冬をこよなく愛した一人であった.

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