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感染症対策は感染症治療と感染予防の2つの柱からなる。感染症治療の中で世界的に重大な懸念事項は薬剤耐性(AMR)の問題である。2015年5月,第68回世界保健機関(WHO)総会において,AMRに対する世界行動計画が採択され,各国は2年以内に自国の行動計画を策定することとなった。わが国では2016年4月5日に「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」から『薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン』が公表された。2020年までに,経口・静注を含めた全抗菌薬の使用量を1/3に,黄色ブドウ球菌に占めるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の割合を51%から20%以下に,大腸菌のフルオロキノロン耐性を45%から25%以下にするなど,具体的な数値目標が示されている。 抗菌薬の不適切使用は,抗菌薬の不必要な長期投与が約1/3,非感染性・非細菌性感染症への抗菌薬投与が約1/3との報告もあり,勤務医・開業医を含むすべての医師がこのような不適切な処方を改めることで,抗菌薬使用量削減は十分達成可能ではないだろうか? 一方,感染予防は,本来,感染症に罹患しなければ治療する必要がないことから,当然,感染予防の優先度は高く,治療よりもはるかに経済的である。「予防は治療に勝る」という言葉そのものである。感染予防は「拡げない」と「発症させない」の2つからなる。前者は,手洗いやマスク,手袋,ガウンなどの防護具,環境整備,そして忘れられがちなのが感染症発症時の就業・就学制限である。感染症は毎年,いろいろな職場や学校で集団発生し,社会的活動に大きなマイナス効果をもたらしている。後者は,予防接種,糖尿病や低栄養の改善,抗菌薬の適正使用があげられる。近年,多くの外国人が日本を訪れ,多くの日本人が海外渡航する。海外では広く普及し有効性と安全性が認められているワクチンが国内未承認であり,容易に接種できない現状がある。成人用DPT(ジフテリア・百日咳・破傷風)や腸チフスのワクチンなどはそのよい例かもしれない。わが国の過剰なまでの清潔意識と,それを煽る清潔志向用品が出回っている,ときには除菌消臭剤を噴霧することを「洗う」という言葉で宣伝している製品さえある。 多くの感染症は口や鼻の粘膜から病原体が侵入する。それも汚染された手指を介してである。それなら,「手を洗い,手をきちんと乾燥させる」ことのほうがはるかに安価で効果的で確実である。「手洗いと手洗い後の乾燥の教育と国民への普及」が今こそ必要である。2050年には,がんによる死亡者が820万人を超えると推計されている。一方,耐性菌による死亡者は1,000万人と予測され,我々が今こそ危機感をもって行動を起こさなければ,抗生剤のなかった時代と同じ状況を再度経験することとなる。