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AMR(Antimicrobial Resistance:薬剤耐性)という3文字略語を目にする機会が多くなった。2015年5月に世界保健機関(WHO)がAMRに対する世界行動計画(グローバルアクションプラン)を採択したことを基点に各国独自にアクションプランを策定してきており,わが国においても2016年4月に日本版AMR対策アクションプランが発信された。さらには2016年5月のG7伊勢志摩サミット,それに呼応する形での2016年9月のG7保健大臣会合でもAMR対策への研究開発を含めた連携協調促進が取り上げられ,宣言文の中で謳われている。大きな旗が掲げられ,ここからが各国あるいは世界の関係者それぞれの腕の見せどころとなる。 一足早く具体的な取り組みを開始している欧米を見ると,模索しながらではありつつも実効性のある産官学連携が稼動開始している。公的資金と産業界資金を共同プールし,産学の研究開発シーズの実用化に向けた具体的な研究開発活動と,継続性をもってそれを支援することを可能とする枠組みの整備が両輪として回っているように見える。 人類が抗生物質・抗菌薬を手にしてから,その力に頼ってこれた時間を振り返ると,フレミングによるペニシリンの発見から計算しても100年に満たず,明らかに細菌側の環境適応能力が人類の知恵に勝っているのは紛れもない現実である。2050年にはAMRにより命を落とす人が世界で1千万人に上るという英国調査グループによる試算も無視できないのではないだろうか。 人類が抗菌薬を手にする前はどうしていたかとさかのぼると,ワクチンや抗血清療法による予防と治療の道が,ルイ・パスツール博士,北里柴三郎博士ならびに第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞したエミール・アドルフ・フォン・ベーリング博士らの先人により切り拓かれている。 人類が経験と知恵と科学を組み合せながら細菌感染症を理解し対峙してきたこれまでの歴史をいま一度ひもときながら,現代だからこそ活用できる科学技術やコミュニケーションツールを最大限活用し,国境を越え,かつ学際的に叡智を結集して全方位的に取り組むことによりAMRというグローバルリスクに対抗する武器を人類が手にすることができる未来を期待したい。感染症が発症する過程へのより深い理解と,そこで重要となる病原因子の特定とその機能を阻害する方策を探る試みも将来に向けた候補アプローチのひとつであろう。このところ,がん治療における抗体医薬やその変化球バージョンによる新しい創薬アプローチが奏効する兆しが見えてきているが,このような科学技術の進歩を感染症の世界で活用することも挑戦する価値のある方向性のひとつではないだろうか。 ここで課題になるのが「発想」の環境づくりと「実用化」を可能とする道筋の確保であろう。前者はアカデミアを中心とした基礎研究による新しいシーズの発掘を効率的に実現することであり,後者は製薬産業インフラによる製品化を目指した研究開発アクティビティ推進となる。 これまでは人類の健康で穏やかな生活の敵としてがんが取り上げられ,産学官が連携することで成果があげられてきた。今後はAMR問題をはじめとした感染症に対しても産学官が連携し,効果的かつ効率的に取り組む必要があるのではないだろうか。