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はじめに:この領域のトピック
糖尿病患者が一生のうち手術を受ける確率は50%,糖尿病患者の術後合併症の頻度は20~30%と高く,その死亡率も非糖尿病者に比して高い.また,非糖尿病者に比べて糖尿病患者では高血圧,虚血性変化,不整脈が多く,肝,腎,肺機能の障害や尿路感染,電解質異常も高頻度に合併している1).整形外科領域の術後においても,糖尿病患者における手術部位感染の頻度が高いとされている2).これらの理由から,糖尿病患者の手術では,術前からの周到な準備と周術期における細やかな血糖コントロールが不可欠である.
糖尿病領域におけるトピックとして,新規糖尿病治療薬の登場があげられる.経口血糖降下薬では,2009年に国内初のdipeptidyl peptidase(DPP)-4阻害薬であるシタグリプチンが発売され,現在では複数のDPP-4阻害薬が日常診療で使用可能となっている.また,2014年には,近位尿細管でのグルコース再吸収を阻害して尿糖排泄量を増加させることで血糖値を低下させるsodium glucose transporter(SGLT)2阻害薬が登場し,2021年からはミトコンドリアに作用することでインスリン分泌の促進と肝臓・骨格筋での糖代謝改善で血糖降下を示すイメグリミンも使用可能となっている.注射薬においても,2010年にグルカゴン様ペプチド(GLP)-1受容体作動薬が発売され,2015年からは週1回製剤も加わり,近年ではインスリンとの混合剤も使えるようになっている.また,インスリン製剤の分野でも,2012年にインスリンデグルデクが2012年に登場し,また,濃度を高くするなどしてより平坦で持続的な効果を示すようにしたインスリングラルギンU300も2015年に加わった.さらに,2020年からはインスリン溶液の添加物を変更することで従来の超速効型インスリン製剤よりもさらに効果発現が早くなった超速効型インスリン製剤が使用可能になっている.こういった新規糖尿病治療薬を既存の糖尿病治療薬と組み合わせることで,これまで以上に患者個人の病態に合わせた治療を行うことが可能になっている.
新規糖尿病治療薬の登場に伴い,注意すべき合併症も報告されている.周術期管理という点で特記すべきものとして,SGLT2阻害薬に関連した正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic diabetes ketoacidosis:euDKA)がある.糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は,高血糖高浸透圧症候群とともに,糖尿病の致死的合併症の一つであり,一般的に高血糖(250mg/dl以上)を伴うとされている.一方,SGLT2阻害薬の処方下では高血糖を伴わないケトアシドーシスの症例が報告されており,本薬が関連した周術期ケトアシドーシスのシステマティックレビューでもeuDKAが報告されている3).症状はeuDKAと従来のDKAでほぼ同じであり,糖尿病全般で一般的な口渇,多飲,多尿に加え,ケトアシドーシスに伴う嘔気や嘔吐,腹痛,呼吸の変化(Kusmaul大呼吸)などである.診断は血液ガスによるアシドーシスの確認とケトーシスの確認(血中ケトン体高値や尿ケトン陽性)でなされる.特にeuDKAでは著明な高血糖を認めないため,(一般的な臨床でも汎用される検査という意味では)尿定性での尿ケトン陽性が唯一の手がかりとなる場合もあるので注意が必要である.SGLT2阻害薬は近年,心不全への適応拡大や腎保護効果などが報告され,処方頻度が上昇している.「診療の実際」の項目で解説するが,術前にインスリン治療へ変更されていれば周術期のeuDKA発症の回避が期待できる.しかし,外傷による緊急手術の場合など,インスリン治療への切り替えができず,SGLT2阻害薬の効果が遷延するような場合,本症に遭遇しうることに留意する必要がある.
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