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われわれヒトの脳の複雑な機能は,多様に特殊化した神経細胞が自らの特異性を踏まえて互いに連結しあい,無数のシナプス接続を形成することによって支えられている。神経細胞のつながり方を正確に記述することは,そこで行われる情報処理の原理を理解する第一歩である。局所的な神経回路は各細胞の樹状突起・軸索を丹念にトレースすることで予測でき,実験動物の脳切片における電気生理学(最近では光遺伝学も用いられる)により検証できる。さらに電子顕微鏡による高解像度の三次元再構成像が得られれば,完全な接続パターンの理解へとつながる。しかし,脳は複数の領域が協調的に働いて初めてその高次機能を発現する。したがって,数mmからcmに及ぶ長距離の軸索投射が作り出す神経回路を正確に記述することが極めて重要である。しかし,従来の方法(色素の細胞外注入など)は解像度が低く,細胞の種類に特異的な接続パターンを明らかにすることができなかった。
神経回路を記述する理想的な手法は局所的な神経接続だけでなく,脳の全域におけるシナプス接続のパターンを対象としなくてはならない。さらに,安全性(動物にとって病的な環境を作り出さないこと・実験者にとってバイオセーフティー上のリスクがないこと),汎用性(様々な脳領域,細胞の種類,生物種に用いられること),簡便性(各研究室で容易に実施できること・ハイスループット化できること)も求められる。変異型の狂犬病ウイルス(rabies virus;RV)はこのようなニーズを満たすものである。われわれの開発した手法は,任意の脳領域の遺伝学的に同定可能な神経細胞から出発して,その一段階上流のシナプス前細胞群を特異的に標識できる。この標識は局所的な神経回路に限らず,長距離の軸索を経たシナプス接続をも可視化するものである。本稿では,RVを用いたトランスシナプス標識法の最近の動向を解説し,マウスの嗅覚系をモデルとした神経回路の研究について紹介する。
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