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1.はじめに
荻野は8年前に精神分裂病と診断され,緊張や周囲の評価への過剰な意識から「べてる」という職場から何度となく「逃亡」を図っていたのだが,その逃亡のメカニズムを「逃亡の研究――統合失調症から“逃亡失踪症”へ」としてまとめた(本誌6巻4号)。ちょうど精神分裂病が統合失調症と病名が変更されたときで,統合失調症ならぬ「逃亡失踪症」という病名を仲間からもらった経緯も紹介した。勤務中に自宅に逃げ帰るという,誠に嘆かわしく後味の悪い癖を何とかせねばとばかり考え,やたらと自分を責め,まわりの顔色を伺っていた。この研究は「逃亡失踪症」という現象を前向きに考え,新しい可能性を探ろうとする試みの一端のつもりではじめたものだった。
「安心してサボる」という理念は,すでに『べてるの家の「非」援助論』★1のなかで下野勉氏が紹介しているように,サボるという現象を克服するのではなく,「弱さの情報公開」によってサボるリスクやそこに至る弱さの情報を前向きに周囲に伝えることによって,安心してサボれるネットワークができ上がることが語られている。その意味でも,先に明らかにした「逃亡失踪症」に至るプロセスとして,➀前触れ(緊張反応)→➁逃走準備に向けた偽装(いかにもまだいるという状況を装う)→➂アリバイ的な逃亡(帰りたい人を募り同伴逃亡する)→➃自宅退避(安心と後悔)→➄反応確認(かかってくる職場からの電話によって“愛情確認”する)というサイクルを解明できたのは一定の成果といえる。
しかし,現実には時折出現する「逃亡失踪症」によって,いまだに居心地が悪く罪悪感に包まれる。荻野自身が負った克服すべき悪癖という意識もなかなか抜けない。そんなとき,このたびの論議のなかで確認されたのは,➀「逃亡」を止めようとして反省や後悔をしないこと,➁「逃亡」という現象のなかには,さまざまな個性をもった人がともに働くことを可能にするヒントがある,➂「逃亡」が繰り返された場合,通常は“クビ”になり,出勤困難に陥るはずなのに荻野は堂々と休まずに通勤している――つまり,そこには「逃亡権」がすでに確立されていると考えてよい――ということであった。
会議の途中でいなくなるなど,幾多の逃亡を繰り返しながら,なぜか,“クビ”にならないばかりか,一昨年の2月にはその功績(?)が認められて施設長にまで抜てきされた。仕事振りが評価されたのではなく,「逃亡」が評価されたのである。ここに,人の評価の新しい基準がある。この体験から「安心して逃亡できる職場づくり」の研究をした。
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