連載 介護することば 介護するからだ 細馬先生の観察日記・第54回
ページの上のコミュニケーション
細馬 宏通
1
1滋賀県立大学人間文化学部
pp.68-69
発行日 2016年1月15日
Published Date 2016/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688200367
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イガラシさんは、グループホームのなかでもいちばんの読書好きだ。個室では毎日本を読んでいるし、リビングでも長い時間、新聞を読んでいる。イガラシさんは、新聞や本をめくるときには、右手の指をぺろりとなめて、ページにうまくひっかかるようにする。その動作がお札を数えるかのようにすばやいので、イガラシさんというと、このめくる動作を思い出すほどちょっと印象的だ。
職員もイガラシさんの新聞好きはわかっているので、イガラシさんが新聞に見入っているときはあまり声をかけない。けれど、その日はたまたま差し入れのお菓子があって、リビングにいる人でちょっとお茶を飲もうということになった。台所から職員が声をかけた。「イガラシさん、お菓子もろたんよ、食べる?」「んん? そうねえ」イガラシさんは少し頭を起こしたけれど、すぐに了解はせずに、新聞を見渡すようにしている。そのとき、するするっと、イガラシさんの右手が忍者のように、新聞の端に移動し始めた。そして、右手が新聞のいちばん下のページの端を探り当てると、イガラシさんは「はい」と短く答えた。その直後、右手は新聞の下に潜って、右半分を持ち上げるようにしながらゆっくり半分に折り始めた。
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