英語論文へのアプローチ
英語論文の拾い読み
内海 滉
1,2
1千葉大学看護学部附属看護実践研究指導センター
2千葉大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程
pp.343-348
発行日 1984年10月15日
Published Date 1984/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1681200811
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何か研究をしようとする時,あるいは,そうでない時でも,目を通すべき研究論文は数限りなく存在する。むしろ,何かを研究しようとは考えずに,ただ無目的に研究論文を読んでみるほうが有益なのではあるまいか。本屋から新しい雑誌が届いたら,そのたび毎に,それとなく読んでみる方式である。遊びがなければ,次元の高い研究はできない。必要にせまられて読む論文は,どうしても,必要なことだけを読んでしまうものである。無念夢想で他人の研究を辿ってみるのは気持ちがよいものである。必要に迫られてする研究は目的的であり,その場限りで終わることが少なくない。研究は本質への憧憬から出発しなくてはならない。その意味で,参考文献とか引用文献とか銘打ってあげられている論文は,えてして狭い視野でしか見られていない。もっと自由な,閑つぶしの読み方が,本質への憧憬を刺激するのである。
ふだんから沢山の論文を眺めていると,比較的公正な立場で,その研究を判断することが可能である。そうすれば,いざ,自分で同じ研究をする時にも,落ち着いて広がりのある問題をみつめることができる。そのためにも,手許にある雑誌を,あたかも日刊新聞のように,それとなく目を通すのがよい。その時に役立つのが「拾い読み」の手法である。
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