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はじめに
自分が痛みを伴う末期状態になった場合の療養場所として,それまでかかっていた一般病棟を希望する人が31.2%であるのに対し,緩和ケア病棟を希望する人は49.6%であった(終末期医療に関する調査等検討会編,2005)。しかし厚生労働省によって行なわれた緩和ケア病棟におけるがん死亡者数調査では,実際に緩和ケア病棟で最期を迎えたがん患者はがん死亡者総数のわずか1.8%にすぎなかった(西日本新聞福岡版,2001)。これらのことは,国民の半数が終末期の療養場所として緩和ケア病棟を希望しながら,現実には一般病棟での最期を迎えざるをえないという現状を示唆している。
患者,医師の両者がお互いに依存しあった状態が「おまかせ医療」(宗像,1991)である。そこでは,患者は治療の判断を医師に委ね,医師は患者の善意に,お互いに依存しているといえる。さらに「説明と同意」は医師側に立った言葉であり,患者の立場はこのなかには十分に表現されていないとも考えられる。R・ヴェレス(1999)は「すべての治療のための大切な決定は,患者も一緒に長所,短所を慎重に考慮した上で合意に達するようにし,その協定には患者自身も責任を担う」ことであると示している。治療方針の決定は,医師からの詳細な説明の上に,患者が自らの責任において選択・決定すべきものであるといえる。しかし,わが国では,いまだ病名の告知・治療方針の決定を家族に委ねる傾向にあるといえる。波平(1990)は,その著書『病と死の文化』のなかで,医療者の矛盾について述べている。「医療者は,病名を患者に告げるか告げないかの判断を家族にゆだね,告げない場合は,家族が患者に病気を隠すという強いストレス状態に家族を置き,かつ患者の絶望や苛立ち,医療者への不満の解消など,患者の心理的精神的な支えとなることを期待するなど,大きな負担を家族に課している。その一方で,家族のなかの誰かががんにかかっていて余命がいくらもないという状態におかれた家族の精神的苦悩に理解を示し,家族の悲哀を和らげる役割を医療者自らに課している」と。すなわち,医療者こそが,大きな負担を家族に強いているという。
医療におけるギアチェンジに関する研究では,医師の立場で,がん治療から緩和医療への転換のあり方について述べたものが散見される(志真,2002;岡本,2004)。看護師の立場では,大学病院から緩和ケア病棟への転院・在宅への移行に関わる患者の選択・調整のための援助に関するもの(梅田,2000),治療から緩和治療への変更時の看護師の役割(大谷木,2001;吉田,2001)について述べたものがある。しかしこれらは,医療者側からの療養の変更の説明に対する選択であり,患者や家族自らが療養の変更を選択した要因は示されていない。そこで本研究では,終末期のがん患者およびその家族が,一般病棟から緩和ケア病棟へと療養の場所の選択を行なう要因を明らかにすることを目的とした。
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