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はじめに
連載の第3回と第4回では,分娩における骨盤底を扱いました。第5回では,いったん路線を切り換えて,骨盤底の不具合を持つ女性の受療行動をテーマに選びました。産褥の骨盤底にかかわるトピックスは山ほどあり,テーマの選択に迷ってしまいます。
出産後の女性に共通する願望に,授乳を軌道に乗せる,体型を妊娠前の状態に戻す,排泄や性生活など骨盤底の機能を元通りにする,の3点があります。産後ケア用品を扱う企業の行なった調査によれば,出産後に医師に相談したいこととして30~50歳代の女性の31.1%が「尿もれや排尿の不具合について」,16.6%が「子宮や腟のゆるみについて」と回答しました。
産褥期は,次なる子育てや社会復帰へ発展するための準備期間です。産褥期に産婦人科医が何をしているかというと,子宮や腟の復古をフォローし,血栓塞栓症,産褥子癇,子宮内膜炎などを起こしはしまいかと見張っています。病気や異常に備えることは不可欠ですが,起こってはならない事象への対処だけでは,準備期間としての産褥期を活かすことはできません。ここに産科医療以外の活動や介入が必要になることは明らかです。
母乳栄養については,途上国や飲料水の便がよくない地域での重要性はもちろんのこと,先進国でも母乳哺育を重んじるスタンスは確立されています。では,妊娠出産による骨盤底の疲労や損傷といった問題については,私たちはどこまで整理ができているのでしょうか。
出産の直後,外陰部の知覚低下やしびれ感に悩む人がいます。肛門がゆるんでガスや便がもれる人がいます。子どもを産んでまもなくは気にならなくとも,日常生活に復帰して腟内への水の出入りや骨盤底の脱力感など,骨盤底弛緩の症候を自覚し始める人もいます。時間がたつと自然によくなる症状もあり,一方で,排泄,骨盤底支持,性生活にわたって骨盤底の不具合が恒久化してしまうこともあります。
骨盤底のトラブルの常として,1つひとつの問題はその瞬間に堪え難い苦痛というわけでないのですが,慢性的なQOLの低下をきたします。分娩中に母体の骨盤底を傷める事象を全面的に回避できたら理想的ですが,経腟分娩は常に骨盤底の危機と背中合わせで,胎児を守るために母体の骨盤底が犠牲になることもまれではありません。
ヒト女性が腟からの分娩を続ける限り,骨盤底障害が一定の割合で起こることは避けられません。この現実を受け入れ,「起こってしまった骨盤底のトラブルに助産の現場では産褥期にどう対処できるか」を検討してみましょう。
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