忘れられぬ文章
—尾崎秀実書簡—「愛情は降る星の如く」
金子 光
1
1厚生省
pp.53-55
発行日 1958年1月10日
Published Date 1958/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201564
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私は大たい紀行文とか,随筆のようなものを多く好んでよみます.紀行文はあたかも自分が旅行をしているようなたのしい気分にさせられるからで,これは私が旅行好きのせいなのであろうと思つています.随筆は,素直で,平易で,人間臭があるものが好きです.「忘れられない文章」ということで,さて,何だろうと思ってみましたが,私の好きな紀行文にも,随筆の中からもみつけられず,まず,手にとりあげたのは,書簡集の一つ,終戦直後の昭和21年に発行されたもので,それは,尾崎秀実が刑務所の独房から,その最愛の妻と娘に日毎,夜毎書きおくつた愛情の書簡「愛情は降る星の如く」であります.この小書の中には,一貫して流れる人間尾崎の赤裸々な姿が,いつわらず,飾らず,卒直に,描き出されています.戦時中,共産主義に徹し,ソ連との親交故に突如検挙された彼ですか,勝気で自信があり,情熱にもえた理想家で,しかも年令の若さに似ず深みのある人間性をもち,慈愛深い父親,愛情の細い夫としてよむものの胸をうたないでおかないものがあります.
特に心にのこる文章を一つなり二つなり選ぶというよりも,私には「忘れられない書物」といつたほうがふさわしいように思います.
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