保健婦の眼
フツト・バス
淡島 綠
pp.19
発行日 1953年3月10日
Published Date 1953/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200470
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私の仲の良い友達である看護婦の丁さんは母一人子一人という家庭に2年ほど前に嫁いだ.お姑さんという人はもう70の坂を越えた老人で,若いころ夫に死に別れ,以来女手一つで息子の養育と世帯万端の切り廻しを押し通して来ただけに,一面苦労人ではあるが,自分の意志を通す上に依怙地な程の頑固さがあり,孤独な境涯からくる非妥協的な性格と人や物に対する疑い深さは1人息子たる丁さんの御主人すらいつもヘキエキする有樣であつた.そんなわけで,多年息子一人に愛情をかけたこの頑固なお婆さんと若い丁さんとが,一つ屋根の下でうまくゆくはずもなかつた.姑さんは何事によらず家事一切自分流に片づけなげれば気がすまないので,自然若夫婦は居候同樣の,妙な立場におかれる破目となり,丁さんは結婚後も勤めをそのまま続けて,むしろ自分の生き甲斐と心の遣り場を家庭の外に求めた.
ところがこのお婆さんが,年寄りに有りがちなガムシヤラな食慾から最近胃腸を害したのが因でどつと床につくようになつた.丁さんは早速職場を辞めて看護に専心することとなつたが,ひどい下痢で便器も間に合おない有樣なのに,病人はたえず空腹感を訴え,若い者の当惑もかまわずに,サシミをくれ,バナナを買つて来いという難題の連発で,あげくの果てに嫁の食べ物のくれ方が悪いから病気がなおらないのだと見舞客に不満をぶちまける有樣であつた.
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