老景十二話・2 〈老い〉の中に世界が見える
靴をはく
三好 春樹
,
三好 京
pp.235
発行日 1986年2月1日
Published Date 1986/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661921338
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片マヒのMさん.
マヒの程度を表わすブルンストロームのステージでは,下肢はIV,中程度のマヒということになるが,実用歩行にはギリギリといったところだろう.いつもは歩行器を使って歩いているが,訓練室では杖歩行の練習.それと,腹と胸の2回の手術のために低下してしまった腹筋力をつける運動をしている.この絵は,マット上での腹筋運動を終わって,マヒした右足に靴を履かせているところ,左手の助けを借りて右足を左の膝の上に引っぱりあげる.履きやすく作られたリハビリシューズでも,左手1つで足に当てがうのはなかなか大変だ.イライラして手にカを入れると,マヒした右足が〈共同運動〉を起こす.〈共同運動〉というのは,片マヒに特有な異常運動で,上肢は曲がり,下肢はピンとつっ張る.すると右足はスルリと左の膝の上からすべり落ち,踵だけ入っていなかった靴は床の上に転がってしまう.また最初からやり直し.いくら時間がかかっても1人でやる.
この動作は,彼がベッドから離れる時には必ず必要になる.そしてべッドに横になる時にも.彼が世界に出ていくこと,そして自分の 世界に戻っていく こと,靴を履く動 作の自立は,彼が 世界に自立していることの象徴なのである.(つづく)
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