想園
友にあてた手紙
伏見 正子
1
1北大看護学校
pp.68-69
発行日 1965年3月1日
Published Date 1965/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661913535
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人間の生命というものに本当に実感を持って直面した時。それは私にとってたった2度しかありません。自分は常に生命という二つないものと対決しているのだ,という自覚を持たねばならないことはよく知っています。でもやはりそれは2度しかなかったことなのです。1度ははじめて人の死を目の前に見た時,1年目の実習の時でした。でも2度目はまったくちがいます。1度目の時のようなカッチリと定義づけの上に立ったような実感ではなく,より漠然とした,けれどもよりズッシリとした実感です。今は後者の方を貴方に書き送りたいと思います。
貴方のいう人間のみにくさ,結極はフォルマリンづけの死体標本と同じものしか持っていない人間がきれいな顔をして街を歩いているのだ,という貴方の言葉は私にだってわからないのではありません。先日話し合って少なくとも私なりに理解したつもりです。それでも私はいいたいのです。生きているということは単に一個の肉塊が呼吸していることではないのです,と。フォルマリンづけの標本が決して持ち得ないものを生きている人間こそが持ち得るのです,と。
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