生活と意見
小さい魂/労組に思う
山形 阿さ子
1
1東北大医学部付属看護学校
pp.48-49
発行日 1962年10月15日
Published Date 1962/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911751
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病棟に入ったとたん切なげに小さな陣き声が伝わってくる。寝静まった深夜の病棟に物音といえばただこれだけ。ああ○夫ちゃんの苦しみがこれほど響くのだろうか,急ぎ足に近づくにつれてその声は大きく切ない。果たして枕頭には主治医とナース,それから珍らしく母というにはもう晩年に近い婦人がつきそっている。この人がお母さんなのだろうか,と一瞬疑問を抱く。
小さい白いベッドには深い湖のように澄んだ大きなおめめ,人の姿を追ってみつめるおめめ,女の児がとまどうほどの面ざしもつい先日までの愛らしはどこへ,今は眼を見開く気力もなく,生死の境をさまよっている小さな魂。小さな唇にはチアノーゼを来たし,口中に塗られたゲンチアナの紫が切ない呼吸に喘ぐたびにいたいたしげである。小さい鼻腔内に酸素カテーテルが挿入され,絆創膏でとめられているが先端をチョン切ってあるために,これが鼻腔壁に触れる刺激が強いのであろう。外れたカテーテルを調整するたびに小さい頭を振りか細い悲鳴をあげる。
どんな運命の星の下に生まれたとしても○夫ちゃん負けてはいけない元気になるんですよ,と心の中で祈りつづけてきたのに,今は全くのぞみが絶たれた。かつてこの児を一眼みた時,なぜか私は魅せられた。なぜなのだろう。人恋しいようにみつめられたからだろうか。最初は要注意患者のリストで見舞ったのだった。
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