連載 限りある命をおしんで・5
乳房を失いて—乳癌
工藤 良子
1
1日赤中央病院癌センター
pp.68-70
発行日 1961年9月15日
Published Date 1961/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911482
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由美子様
しばらく御無沙汰申しておりますうちにすつかり秋気ただよう今日このごろとなつてしまいました。皆様お変りなくお過しのことときき,何よりと存じております。先日は学友の皆様でお珍らしいものをお送りいただき本当に何と感謝申してよろしいかただありがたさに頭が下るばかりです。母も涙を流して喜んでいました。由美子様はじめ皆様の温い友情は人間廃虚に等しかつた私をどんなに力強く立ちあがらせて下さつたことか,私は今さらながら多くのよき友を持つた幸せをありがたく思うのです。元気になつたら自分の苦しみを忘れるためにペンを取るように進めて下さつた皆様に久しぶりにお逢いした気持で御礼の気持もあわせてペンをはしらせます。由美子さんからどうか皆様によろしくおつしやつて下さいませ。
良夫に裏切られたことにつきましては随分ながく皆様にかくしていました。恥かしかつたのです。虚栄と常識の世の中で純粋に生きようと願いつつ苦渋な体験を重ねたのですが,どうしたものか自分の夢が次々に破れていつたのです。裏切られたと云うより致し方なかつたのかも知れません。何とも語りようがございませんが,心の傷心の消えやらない中に運の悪いもので右の乳房は癌のために無惨にとり去られてしまつたのです。如何に良人に去られたとは云え,母性として,女性としてのシンボルである乳房が失われることはどんなに悲壮なことかわかりません,一時は顔にこそ出しませんでしたが,死を思いつめたのです。
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