ナースの作文
カルテの中から,他
勝原 美代子
pp.37-39
発行日 1959年7月15日
Published Date 1959/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910892
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
この人を私共は「爺さん」と,呼び合つて居る。いかにも近身者のような印象を受けるが,この人物は私の病棟のクランケである。一寸失礼な呼び方だと思う人もあろう。だがしかし,最も相応しく,又一番通用されて居る呼び方でもある。だが当人には「○○さん」とか,「お爺ちやん」とかで呼ぶ,彼も御機嫌良ろしき返事で戻す。
さてこの爺さんは一寸変り者である。少々足りないと云つた方が相応しかろう。そして此方の態度によつて色々に動かせる便利者でもある。現在安静度は4度の上,私達のナースの手にはかからぬが,隅々迄指導が必要だ。もうこの療養所を我家とする彼は,陸軍病院時代からのクランケであるから,14,5年を数える。まだ当時重症にしても歩行出来て居たが何時頃からかベットに背を向けた儘コルセットにおさまつたきり何年間をこれで過した。此頃の主食として朝・昼・夕をとわず,饂飩,片栗とか重湯程度の物のみを希望して摂取し,三度,三度の食前に必ず鎮痛剤を要求するから,1ccの生理的食塩水を皮下注射するのみでこの痛みが治つて居た。これでこの病気の程度が想像出来よう。誰の目にも歩行可能の身体と見え,本人に説明しても彼は後片なく水に流し,依然としてベットより身を起そう等の素振りは全然見せなかつた。
Copyright © 1959, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.