巻頭随想
助産婦の母と私
なだ いなだ
pp.9
発行日 1967年6月1日
Published Date 1967/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203406
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私の母は助産婦である.私は小さい時から,この母を見つめて来た.私の小さい時には,職業人としての母親は少なかった.だが,私は,こうして職業人としての母親を持ったことに不満を感じた記憶はない.母親が不在のことが多く,母親が帰って来ると,2,3歳ころの私はうれしくなって家中を2,30分あちこちを走りまわり,押入れにかくれてみたり,柱のまわりを十ぺんばかりくるくるまわり,さかだちしたりして,最後に母親に大声をあげてとびついたものだということだ.私には記憶がない.だが母がそう話してくれた.
私の小さい頃は,母は産婆とよばれていた.玄関にかけられた,大きな,産婆というカンバンを私はハッキリと思い出す.その頃,母はまだ若かった.20代で,産婆とよばれるのは,大分抵抗を感じたのではないかと思う.それからしばらくして,職業上の呼び名が助産婦に変った.おそらく婆の字が女性に嫌われたためであろう.だが私には,サンバという言葉の響きの方が,ジョサンプという語の響きよりも親しみやすく,発音も美しいような気がする.バとプではプの方が音が悪い.
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