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はじめに
最近,研究データ,臨床データの統計処理がますます力説されている.苦心の結晶である論文や報告書の中で,自分の得た結論が決して独りよがりのものでないことを実証し,それを他人に正しく伝えるための手段として統計処理が使われることが多いからである.これに伴って医学統計に関する参考書も数多く出版され,選択に困るほどである.しかし,医学研究者,臨床検査技師,薬剤師,診療担当医師が集まっている医科大学の中に身をおいていると,論文をまとめるにあたってデータをどう処理すべきか,困惑している人たちにしばしば出くわす.中には長時間かけて一生懸命集めたデータや長年の研究データが,統計処理に耐えないということを論文にまとめる段階ではじめてきかされて,驚きかつあわてる研究者もいる.実験結果(生データ)をそのまま手渡せば,不要な部分を切り捨て,不足する部分を覆いかくして,きれいに仕上げてくれる床屋のような研究協力者(統計専門家)が身近に存在し,協力してくれればよいが,生データを突然,持ち込まれて処理してくれる人など,皆無といってよいだろう.それは不親切というわけではなく,医学データの場合,データが作られている場の実状を詳しく知ることなしに,データ処理を進めることがきわめて難しくかつ危険なことだからである.
この講座の第1回で,この6月に急逝された砂原茂一先生が医学統計の重要な問題点を,歴史を追いながら的確にかつ,わかりやすく述べられた.医学統計を数学的な煩雑さから敬遠しておられた読者も,数式抜きの語り口にまず安心し,ついで先生ご自身の経験に基づくきわめて説得力ある記述により,その重要性を改めて認識されたことと思われる.先生が指摘されているようにわが国においては薬物療法の効果判定に比べて,リハビリテーション関係のデータの統計処理が遅れているのは否定できない.検者の五感に頼るため再現性が悪い,評価項目が定性的に示され尺度化しにくい,治療効果が非特異的で測定しやすい少数の検査で捕えにくい,発現するまで時間がかかる,効果がわずかである,など薬物療法で使われている統計処理をそのまま流用しにくい事情もあるが,それだからといって手をこまねいているわけには行かない時期に来ているといえよう.
参考書でも読んで自分で処理しようと考えればよさそうであるが,これも実際的ではない.長年にわたる統計学学習のブランクは,多くの人々にとって統計学の利用をきわめて負担の大きいものにしてしまっているし,また統計学自体も,それを使いこなすためには,広い裾野までながめることができる深い素養を要求するようになってきているのである.それではどうするのが,現実的で役に立つ方法なのであろうか.
私はその答えとして,1)臨床データを何回も何回も見直すことにより質の向上を計る,2)簡単な統計手法を正しく適用し,第3者の批判に耐えることができるデータの要約を用意する.の二つをあげたい.これらの処理をふまえて,練達した統計学者と共にさらに詳しい分析が行われるようになれば理想的である.
私がこれから述べようとしている方法は,きわめて基本的な統計手法で,それだけではリハビリテーションにおけるいろいろな統計処理を解決できるものではない.しかし,複雑でより完成度の高い分析を行う前にぜひ行っておきたい基本的な解析であり,これだけの解析が行われておれば,1)解析者自身,自らのデータに関する理解が深められる.2)第3者が研究の大すじを迅速にかつ正しく把握することを助ける.3)さらに複雑な統計解析を研究協力者と行う場合,統計解析担当者にやりたいことを正確に伝える手段とすることができるという利点が期待できる.まずデータのながめ方からはじめてみよう.
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