- 有料閲覧
- 文献概要
- 参考文献
図1に示す症例は60歳代の男性で,臨床診断は口唇腫瘍(扁平上皮癌疑い)である.潰瘍を形成する腫瘍で,その一部が生検されてきた.ヘマトキシリン-エオジン染色(hematoxyline-eosin stain,H-E染色)標本を見ると,重層扁平上皮が不規則に間質に向かって増生しており,一見,扁平上皮癌様に見える(図1).しかし細胞異型はないことから,偽上皮腫性過形成(pseudoepitheliomatous hyperplasia)であることがわかる.一方,間質には高度の形質細胞主体の炎症性細胞浸潤が認められる.潰瘍に伴う好中球も目立ち,リンパ球や組織球も認められるのだが,形質細胞の割合が著しく多い.この組織像から最も疑うべきは梅毒である.ただし,H-E染色では菌体は全く同定できない.そこで,Treponema pallidum(以下TP)に対する抗体を用いて免疫染色を施行したところ(ウサギポリクローナル抗体,×1,000,オートクレーブ処理),予想どおりに陽性像が得られた(図2).TPは扁平上皮細胞同士の細胞間および間質に存在しており,よく観察するとうねった細長い菌体であることがわかる.臨床情報が全くないまま,口唇梅毒(第1期病変)と診断することができた.
通常,臨床的に梅毒が疑われれば,患者の性行動に関する聞き取りや,血清学的検査がなされ.感染が確かめられれば,その情報とともに病理に組織が送られてくるものだが,主治医が全く梅毒を疑っていない場合には,このように腫瘍という臨床診断のもとに組織が送られてくることがある.また,胃生検で,胃潰瘍として胃粘膜組織が病理に送られてきたものが,実は胃梅毒(第2期病変)であったというようなこともある.口唇でも胃でも,H-E染色標本を見たときに,“何かおかしい”と思い,梅毒の可能性を疑ってみることができるかどうかが診断の分かれ目である.この場合の“何かおかしい”は,異常に強い形質細胞浸潤である.胃粘膜ではTPは主として間質,ときに粘膜上皮細胞間にも存在している(図3).梅毒は結核ほどではないものの,古くて新しい感染症である.したがって,日常の病理診断に当たって常に念頭に置いておく必要がある.
Copyright © 2007, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.