コーヒーブレイク
見ぬかたの花
屋形 稔
1
1新潟大学
pp.734
発行日 2002年7月15日
Published Date 2002/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542905139
- 有料閲覧
- 文献概要
その昔の中学生の学力はふり返るとかなり高いものであったと思える.1~2年生で既に徒然草を副読本として全文読まされていた.これを書いた吉田兼好は天皇に仕えた北面の武士であったが,30歳頃出家してつれづれなるままにこの名随筆を書いたのは50歳前後と思われる.戦時中で教師も少なくなっており私達に本書を講義してくれたのは田舎町に残っていた寺の若い坊さんであった.始めて人生なるものを考えさせてくれた本書とともに,この若い坊さんの音吐朗々たる声が忘れられない.
自然や人事に対する随想や教訓,批評,人生観,趣味観,処生訓などがちりばめられていた.例えば,このなかの第7段「あだし野の露消ゆる時なく」などをみると,「世は定めなきこそいみじけれ」(世のなかは無常であることがほんとうによいのだ)とか,「つくづくと1年を暮らすほどだにも,こよなうのどけしや」(人間がゆったりとおちついて1年を暮らす間だけでもこのうえなくのんびりしたことなのだ)などの感懐が綴られていた.
Copyright © 2002, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.