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はじめに
看護の世界で有名なF. Nightingaleは統計学的な手法を用いることにより,患者に影響を与える要因を分析して入院環境のあるべき姿を検討し始めた最初の人であると考えられる.Nightingaleが1858年に作成したといわれる「東方におけるイギリス陸軍の死因」の図,いわゆる「鶏のとさか」と呼ばれている図にはクリミア戦争で英国陸軍の兵士が死亡した原因を月別に示している.1854年10月と11月の2か月は英国がクリミア戦争に参戦した比較的初期の段階であり,その時期には負傷による死亡者が多くを占めていたが,それ以降になると圧倒的に感染症によって死んでゆく兵士の数が多くなってきている.
彼女はこの図の解説の中で死因の感染症を「予防もしくは軽症化することのできた感染症(Preventible or Mitiigable Zymotic Diseases)」と記述している.それゆえに,1959年に彼女が記した「看護覚え書き」には,「看護が意味すべきことは,新鮮な空気,光,暖かさ,清潔さ,静かさの適切な活用,食物の適切な選択と供給―そのすべてを患者の生命力を少しも犠牲にすることなく行うことである」1)や「看護の第一の根本原則,看護婦が注意を向けるべき最初で最後の事柄…」は「患者を寒さでぞくっとさせることなく,患者が呼吸する空気を屋外の空気と同じように清潔に保つこと」1)といった患者の入院環境,特に感染対策に関する記述が数多く残されている.そしてその後彼女の名前を冠したナイチンゲール病棟が数多く造られるようになり,その病棟では患者の治療環境の一部として十分な換気や暖房といった環境要因に関する配慮がなされるようになっている.
近年でも院内における感染対策については数多くの議論がなされているが,その中で物的な環境に関する議論と知識の普及はいまだ十分なものとはなっていないと思われる.日常の医療においても最近では入院患者がそもそも持っていた結核菌を原因として結核を発症することがあり,急性期医療施設における空気感染対策の必要性を耳にすることがある.また飛沫感染や接触感染と分類される疾患に罹患した患者へのケアにおいても,病室の造りや設備といった物的環境の問題をどのように作り込み,どのように維持管理するのかなどの課題に関してはまだまだ十分とは言い難い.一方,今年世界中に急激に広まった新型インフルエンザのように,影響力の強い新興感染症がパンデミックを起こし,入院治療が必要となる重症患者が急増した場合の病院における施設的な対応についてはわが国でほとんど検討されていない.
本稿では,医療施設内における医療安全確保の大きなテーマの一つとなっている感染制御の問題について病棟部門を取り上げて,建築・設備上の検討課題について考えてみたい.
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