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はじめに
昨年2003年は,WatsonとCrickのらせん型DNAモデルの提出から50年たった記念すべき年で,いくつかのジャーナルではその特集記事を掲載していた.この50年間で,生物学の分野には革命的ともいえる変化がもたらされ,医学でもやはり,分子生物学の方法とそれによる知見は医学自体を大きく変えつつある.臨床検査の領域でも,遺伝子診断や分子病理学が話題となり,現に病院でも取り入れられつつある.
しかし,肺癌の病理診断,臨床検査の分野に限ると,遺伝子診断や分子病理学の応用はそう簡単ではない.Aの突然変異が見つかるとAA病であり,Bの染色体転座が証明されるとBB症候群であるという,ある意味での単純な1対1対応は報告されていない.つまり,肺癌の診断に非常に有用な分子病理学的項目はないといってよい.一方,血液疾患や骨軟部腫瘍では,遺伝子検索,染色体異常検査,融合遺伝子の検出,マーカーの免疫染色によって,病理組織像がちょっと合わなくとも診断が確定することがある.なぜ,このような違いが起こるのだろうか.
染色体異常の検査をすると,血液性腫瘍や骨軟部腫瘍は特徴的な染色体異常(転座など)がしばしばみられ,染色体の異数性もそれほど高度ではない.一方,頻度の高い癌である肺癌,胃癌,大腸癌などでは,転座がみられることはあるが特徴的とはいえず,3倍体以上の多倍体が多く,複雑な染色体異常が多い.一口に染色体不安定性というが,その実態はかなり複雑で,融合遺伝子を作ることが重要なステップである腫瘍と,そうでないものとがあるのだ.発癌のステップ数(あるいは多段階発癌)という観点からも,血液腫瘍,骨軟部腫瘍ではステップ数が少なく,例えば網膜芽細胞腫ではn=2でその発生プロセスを説明できるが,大腸癌ではn=6~7個と推定されている.すなわち,通常よくみられる癌は発生プロセスがより複雑で,少数の指標では診断に不十分であるということのようだ.
とはいえ,肺癌の分野でも,診断以外の事項,例えば発癌の原因,予後の推定,治療感受性の予測などの領域では,分子生物学的知見が大きな役割を果たしていることも少なくない.本稿では,それらのいくつかを見ていきたい.
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