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はじめに
医療問題は各国と同様に日本においてもきわめて重要な政策課題であるが,これまで,ともすれば政治的駆け引きの具になるなど短期的な議論に終始し,国民の要望をふまえ,長期的視点に立った客観的な政策決定が行われてきたとは言えない状況である.
その背景の1つとして,これまで実際の診療に関するデータをシステマティックに収集,活用することができず,データの裏付けがないまま,行政および利害関係者間での折衝により政策決定が行われてきたことが挙げられる.
一般に,医療をコントロールするための政策は,需要側(患者側)もしくは供給側(医療側)に対して,規制およびインセンティブを与える形をとる.前者には公的保険のカバー範囲や自己負担の設定方法,ゲートキーピングなどアクセス規制の有無などが相当し,後者には医師をはじめとする人的資源,病床や医療機器などの設備資源,医療技術などに対する規制やインセンティブの設定が挙げられる.中でも,診療報酬の支払い方式や支払額は,医療者の行動に直接大きな影響を与える.
これらの政策は本来,明確なビジョンと具体的な目標を設定したうえで立案施行され,結果についての客観的な評価に基づいて改善されていくことが望ましい.そのためには,政策の影響を把握するための医療実態データ,特に医療現場における診療データをできるだけ即時的に収集分析することが必要であり,その仕組み作りを進めることが課題となっている.
このような状況の中で,OECDにより1999年から3年間,加齢に伴う疾患に焦点を当てた医療システムの国際比較プロジェクトが行われ,筆者らも参加した.このプロジェクトは,具体的に乳がん,脳卒中,虚血性心疾患などを取り上げ,参加20か国における,医療政策や制度,疫学も含めたマクロレベルの分析,診療行為やアウトカム,医療費などのミクロレベルでの分析(診療行為と結果,報酬,コストなどの定量的データの比較研究)の各視点から比較研究を行い,結果を各国の医療政策に反映させるというこれまでにないユニークな目標を持ったものであった.
プロジェクトでは,収集すべき共通のデータフォーマットが設定され,各国ごとにデータ収集が行われたが,日本における作業は,特にミクロレベルのデータ収集において難航を極めた.かろうじて過去に研究者らにより個別に行われてきた疫学研究の成果と,有志の病院グループによるベンチマーキングプロジェクトであるVHJ-QIP(Voluntary Hospitals of Japan Quality Indicator Project)のデータを利用した報告があったが,これらは日本全体のデータを代表しているとは言い難いし,母集団が異なる寄せ集めのデータであったため,データ間の関連付けを行うことも不可能であった.その結果,プロジェクトの成果の1つとして,診療情報と医療費情報とを連携させたデータベースが施設および入院外来の区別を超えて構築されれば,種々の健康・医療関連の行政統計の構造化と併せて,医療介入の費用とパフォーマンスの指標化の評価研究がなされうること,発症・治療・治療の成果という一連の情報と政策との関係の解析をも可能にすべく各種評価指標算出を進めうること,といった発展の可能性が示され,個人情報保護の体制の確立とともに,このようなデータベース構築を国レベルで検討する重要性が見出された.
その後数年が経過し,これらの目標に向けての基盤整備に,一定の前進が見られる.具体的には,電子請求の義務化,電子カルテの普及,DPCの導入拡大,特定健診・保健指導制度の実施などにより,これまでの紙ベースの診療記録および請求では不可能であった,全国規模の診療データを電子的に分析可能な形で収集することが,ある程度可能になってきたのである.
さらに,2008年度より,がん,脳卒中,虚血性心疾患,糖尿病など4疾患5事業に着目してミクロレベルのガイドラインを含む地域医療計画を策定し,実施状況をモニターしようという政策が導入された.また,国民1人ひとりの生涯にわたる社会保障データを一元化しようという議論も始まっている.
このような状況の中で,本稿のテーマは,電子カルテ化,電子請求化によりどのような統計がとれるようになるか,そしてそれを医療政策に反映させることは可能か,そのためにはどのような取り組みを進める必要があるかなどを考察することである.
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