- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
I.はじめに
動物実験系における腫瘍ウイルスに関する研究は,すでに今世紀の初めより行なわれ,数多くのすぐれた業績が発表されてきた。一方,この間におけるヒトの悪性腫瘍に関するウイルス学的研究は敗北の歴史であつたといつても過言ではあるまい。しかるに1964年EpsteinおよびBarr1)はBurkitt腫瘍の培養細胞中にはじめてherpes-type virus (EB virus)を見出し,爾来,Burkitt腫瘍を中心にヒトの悪性腫瘍とウイルスとの関係が注目されるようになつた。因みにEBウイルスとは発見者であるEpsteinとBarrの頭文字を冠して呼称されたものである。一方1966年,Oldら2)はアフリカのBurkitt腫瘍発生地域内で本疾患の対照群として集められた上咽頭癌患者血清中にも抗EBウイルス(以下EBVと略す)抗体価が高いことを報告した。このようにBurkitt腫瘍および上咽頭癌とEBVとの関係が注目され日本を中心に多くの研究がなされている。そこでEBVが果して発癌ウイルスかどうかということが問題になつてくるが,これについてはBurkitt腫瘍や上咽頭癌の生検材料からは比較的高率にEBV保有培養細胞株が樹立できることや,それらの患者血清中の抗EBV抗体価は高値を示し,かつ,EBV 保有細胞株はtransformed cellとしての性状を備えていることなどからEBVが腫瘍ウイルスに近い生物学的活性を有しており,Burkitt腫瘍や上咽頭癌の病因としてEBVを十分疑うことができるといえよう。しかし一方ではEBV保有細胞株は悪性腫瘍以外の疾患患者や正常健康人の末梢白血球やリンパ節材料からも樹立できるし,またそれらのヒトの抗EBV抗体価もある程度高い。この点に関しては1968年,Henleら3)がinfectious mononucleosisの病因がEBVであることを報告しており,また,本邦においては1970年1月と1972年1月に三重県の答志島に泉熱の集団発生をみたが,これらの患者のペアー血清に著明な抗VCA (viral capsid antigen)抗体価の上昇が証明されている4)。さらに最近になつて宮竹ら6)によりHistiocytosls X (Letterer-Siwe)の小児例で抗VCA抗体価が高く,しかも健康者では通常ほとんどみとめることができない抗NA抗体を証明したことからEBウイルス感染との因果関係を考慮させるような報告がなされている。これらの所見はEBVがリンパ球に依存するありふれた常在ウイルスか,もしくはきわめて弱い感染性ウイルスにすぎないという見解も成り立つのである。したがつてEBウイルスが単なる常在ウイルスでなく腫瘍ウイルスであるとするにはBurkitt腫瘍や上咽頭癌の腫瘍細胞中にEBウイルス粒子かその関与抗原を証明しなければならないが,現段階ではまだ確証は得られていない。しかしながらすでに述べた如くBurkitt腫瘍,上咽頭癌という耳鼻咽喉科領域に発生する悪性腫瘍において患者血清中の抗EBV抗体価が高いということは周知の事実であり,本小論においてはそのような関連性においてEBウイルスを中心とした血清学的診断につき述べてみたい。
Copyright © 1975, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.