- 有料閲覧
- 文献概要
家庭の事情から止むなく,鹿児島大学助教授を辞し,父の医業を継承し,早くも7年の月日が流れた。この間,大学病院より遠く離れた当地(大分県日田市)に住む開業医の使命感から少しでも診断能力および治療技術を向上させんとして努力し,毎日,早朝よりおしかけてくれる多数の患者から得た診断上,治療上の疑問点を解決せんとして勉強していくことにより,年間,数編の論文を地方会,全国的な学会にまた,専門誌に発表してきた。しかし,開業と学問との両立は如何に困難であるか痛切に感じさせられる毎日であつた。
まず開業して最初の疑問と悩みは中耳術後の耳漏であつた。自分が手術した患者が術後も長年月耳漏停止せず毎日,外来に訪れる事はまつたく苦痛であつた。換言すれば,含気化良好な慢性中耳炎における古典的な鼓室成形術を行なつた際の術後耳漏の再発であつた。これには上皮化障害もあつたし,新生鼓膜の穿孔による耳漏もあつた。これは私の病院が田舎,特に辺地から訪れる患者が多く,したがつて中耳炎も病変が高度,活動性で耳漏の多い症例が多かつた事にもよると思う。それで,患者は聴力よりも耳漏停止を望むことが多かつたので,一時は耳漏の多い場合は一応完全な中耳根治手術を行なつて蜂巣も鼓室壁の粘膜も完全に除去し,その後,側頭筋膜を用いて鼓室,耳管を埋めてしまうという方法をとつた事もあつた。これで一応,術後の耳漏だけはどうにか解決し得たが,なんとしても聴力改善が十分でなく私自身もきわめて不満足であつた。その後,地方会で河田教授の中耳根治術術式追加(耳後切開から根治手術を進めるのは変わりないが,しまいの方の形成的外耳道の開放をしないで管状に残したまま耳後創を閉鎖する法)を拝聴したり,また,多くの外耳道保存鼓室成形術の論文を読んでいるうちに,これを行なえば少しぐらい耳漏があつてもうまくゆくのではないかと考えるようになつた。それで手術用顕微鏡を備えて,本格的に外耳道保存鼓室成形術と取り組んでみた。その結果,術後成績は消炎という面でも聴力という面でも実に良好で,少々の術前耳漏は気にしないで,どしどしやれるようになつた。最近,中耳の手術をすすめる事もまた,行なう事も実に気軽になり,手術を行なう日は早朝から楽しみにもなつた。これも完全に治し得るという自信からきたものであろう。まつたく有難い事である。
Copyright © 1970, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.