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I.緒 言
セメント湿疹は乾燥したセメント原料,セメント粉末を扱うセメント工場労働者と湿つたセメントを主に扱う労働者(土建労働者,左官,瓦工,練瓦工,コンクリートブロック工,スレート工等)に発生する。セメントの製造法には湿式,乾式,折衷式があり,乾式について述べるとセメントの主原料は石灰石(CaCO3),粘土(Al2O3・2SO22H2O)で,それに鉄屑を加え粉砕機で粉末にし傾斜した回転窯に入れた上,したから石灰粉末を吹きこみ高温(約1400〜1600℃)で焼成して出来上つたものをクリンカーと呼び,更に石膏(CaSO4)を加え粉砕機で粉末化すればセメントとなる。一般に用いられるポートランドセメントは生産国別,工場別により組成に多少の差がある。Spier et al1)によるとドイツ産のものはSiO217〜25%(21.8〜22.1%),Fe2O32〜6%(3.0〜3.2%),CaO 60〜66%(65%),MgO 1〜5%(1.3〜2.1%),Al2O34〜9%(5.0〜5.2%),SO30.5〜5%(1.2〜1.6%)より成るが,括弧内数字は園田他2)により報告された北九州産のポートランドセメントの組成で外国産と比べ大差がない。乾燥したセメント粉末は皮膚をたいして刺激しないが,湿つたセメントではセメント中の生石灰(CaO)が水酸化カルシウム(Ca(OH)2)となることにより高アルカリ性(pH10〜13)となつて皮膚を刺激し,その程度は含有される生石灰の量によつて左右される。更にセメント中のSiO2は皮膚に機械的障害を与え,セメントのアルカリ障害や湿疹原の経皮吸収を助長するのでセメント湿疹の誘発または増悪の原因となる。その他素因として皮表のアルカリ中和の不良,アルカリ抵抗の減弱があげられる。Tome y Bona et al3)は1936年の国際皮膚科学会においてセメント皮膚障害の臨床症状について分類を試みたが,主な原因として石灰と硅素の外傷と高温条件を指摘したが,セメント含有物質によるアレルギーについては注目しなかつた。しかしGougerot et al4),Couvert5)は当時皮膚反応陽性のアレルギー性のセメント湿疹の存在を指摘していた。1939年Bo-nnevie6)はクロムに過敏な7例のセメント湿疹を経験したが,この原因としてクロム鞣革製手袋をあげた。1944年Schreus et al7)は687例の職業性湿疹中9%は建築労働者が占め,その内の35%が重クロム酸カリに過敏であつたことよりセメントの分析を行つたが,遂にクロムは証明出来なかつた。1950年にJaeger et al8)は初めてクロムの証明に成功し,セメント湿疹の原因としてクロム酸塩を重視し,また1955年の職業性皮膚疾患のシンポジウムでJaeger9)はセメント湿疹の原因としてのクロム酸塩の重要性を再確認している。その後諸家によりセメントの分析が行われ,セメント中の微量の水溶性6価クロムがセメント湿疹の湿疹原の一つであるとされて現在に到つている。欧米において職業性皮膚疾患中セメント湿疹の頻度は相当に高く,Pirila et al10)はフィンランドの職業性皮膚疾患の主な発生工場としてセメント,塗料,金属,印刷,陶器等の工場をあげ,Jaegerの報告でも3060例の職業性疾患中セメント皮膚炎は775例と多数を占める。最近Musso et al11)は職業性アレルギー委員会を通じてヨーロッパのセメント湿疹の頻度を調べて非常に高率であると報告している。本邦におけるセメント湿疹は欧米に比べ稀であり丸岡12),園田他の報告に接するに過ぎない。著者は数年来経験したセメント湿疹を中心としてクロムアレルギーの立場より考察を加えた。
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