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ある朝,この文の主題について考えていた時,たまたまオペラ「魔弾の射手」の曲が耳に入ってき主した.この曲はドイツのマックス・フォン・ウェーバーがドイツの民話を主題にして作品にした曲です.このオペラの序曲や第3幕で歌われる「狩人の合唱」などは私の大好きな曲なのですが,さてこの「魔弾の射手」という題名は(誰が訳されたのか,大変名訳と思います).「Der Freischutz」つまり自在弾(Freikugel)を射る人という原題によっています.すなわちオペラの中で若い猟師マックスが恋人のアーガテを手に入れるために射撃の試合で優勝しなければならないが,なぜか不調で,遂にそそのかされて悪魔に魂を売り,「魔法の弾丸」を手に入れ(この弾丸をつくる狼谷の場面もなかなか面白いのですが),御前試合ではその最後の弾丸で的の白鳩を射つと,とび出してきた恋人がバッタリ倒れて云々……という物語が展開するからです.
私はこの,ねらった的に必ず当るという「魔法の弾丸」に大変興味があります.医学の研究は,ある意味では病変,病原だけをとり除き,生体に害を与えないという「魔法の弾丸」の開発の歴史ともいえるでしょう.この言葉を最初に使ったのは梅毒の特効薬としての「魔法の弾丸」サルバルサンを作ったポール・エーリッヒです.いうまでもなくエーリッヒの時代は細菌学の全盛時代で,病原体のみを殺し(射ちおとし),生体に害を加えないものが作れるはずだという信念のもとに,エーリッヒが多くの失敗を重ねながらも(606号という別名があるくらい)遂に"Magischekugerl"を作り出した話を,かつて大変興奮して読んだ覚えがあります.エーリッヒがそのような信念を抱いたもとには,彼が化学薬品を用いた染色のことを永くやっていて,ある有機物がある色素で特異的に染るということを知っていたからで,理論的に実験を押し進めていったことも重要だと思われます.これが現在の化学療法のはじまりであることは周知の通りです.
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