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第54回日本消化器外科学会は1999年7月15,16日に肝胆膵を専門とされている藤田保健衛生大学の船曳孝彦教授の会長のもと名古屋で開催された.シンポジウム・パネルディスカッション・ワークショップにおける肝胆膵領域のテーマはいずれも斬新なものであり,特に船曳教授のライフワークの1つである,“膵胆管合流異常症”については御自身の会長講演としても取り上げられた.さらに“消化器癌の発生過程と前癌状態”というテーマのシンポジウムを消化管と肝胆膵の領域別に取り上げた.分子生物学および遺伝子解析の近年の進歩および臨床研究への応用により新たな観点からの研究成果が得られつつあるが,学会の場で討論するには極めてタイムリーな印象を受けた.発表内容としては,国立三重中央病院・小倉嘉文先生,横浜市大第二外科・市川靖史先生,神戸大学第一外科・味木徹夫先生らにより,胆道癌の発生早期からK-ras癌遺伝子変異が関与していることが報告された.また,予後向上には早期診断しかないと考えられる膵癌については広島大学第一外科・上村健一郎先生がテロメラーゼ活性を用い,また東北大学第一外科・八岡利昌先生はERCP膵液のFISH解析による染色体異常の検出が膵癌の診断に有用であったと報告した.また,癌の悪性度を示す転移能について,その分子生物学的側面というテーマでのシンポジウムも取り上げられ,肝癌と膵癌を中心とした様々な解析手法による研究結果が報告されたが,胆道癌に関する報告は今回はみられなかった.しかしこの転移抑制という目標は癌治療成績向上の大きな鍵であることは古くから変わらないと考えられる.今回は10題の研究成果の発表であったが,すべて動物実験あるいは培養細胞を用いての研究発表であり,新たな可能性が期待される内容ではあったが,臨床応用までの道程はまだ遠いものと考えられた.
一方,手術術式に関するテーマとしては“肝胆膵における再建術式”“鏡視下手術”および“消化器癌に対する拡大vs縮小手術”が取り上げられた.再建術式に関する発表では名古屋大学第二外科・金住直人先生により膵頭十二指腸第II部切除術と膵横断切除術のビデオが機能温存術式として発表された.近年,様々な温存術式が発表されてきているが,通常のPDやPpPDに比較した新たなこれら温存術式の厳格な適応や意義を長期的観察結果から正確に評価して,その有用点を明らかにしていく必要性が強く感じられた.また,“拡大vs縮小手術”のパネルディスカッションでは,現状では良好な予後とは言い切れない進行癌に対してどの様な手術術式を選択するのが適切であるかといった点から討論がなされた.術後合併症発生も決して少なくない肝胆膵領域癌の手術術式においては極めて重大なテーマと言えるが,名古屋大学第一外科・二村雄次教授と栃木県立がんセンター・尾形俊郎先生の巧みなかつ厳しい姿勢での司会の下,活発な討論が行われた.私もこのセッションではパネリストの1人として参加した訳であるが,会場の人達も含めた症例呈示による押しボタン回答の時間は全員参加を実感出来る仲々楽しいものであった.また正解はとも角,外科医によってさまざまな治療選択(手術術式に関して)が現状でもなされていることが示され,肝胆膵領域の外科治療においては消化管に比べ,まだ標準術式を定めるコンセンサスを得る時期に至るほど成績が明らかにされていないことが判る.それゆえ肝胆膵領域の臨床を専門としている外科医は学術的な基礎研究はもとより,手術手技に関するよりいっそうの研究・工夫により治療成績を向上させていく姿勢が重要であると痛感された.その他,日本独自の発展を見せている生体肝移植の治療成績を各々の施設での自験例から討論し合えるシンポジウムが設けられるようになり,今後脳死移植の動向と相俟って日本独自の移植体系が出来上っていく期待がもたされた.
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