- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
日本で精神科リハビリテーションの現場に身を置いている人,特に社会生活技能訓練(SST)関係者のほとんどは,今までに池淵恵美先生の著作・講演に学んで,自分たちの実践に役立ててきたと思われますが,この書評を書いている私もその1人です。そんな私が,こういう言い方をすると,先輩におもねっているように聞こえるかもしれませんが,それでも,この本は読むべき本と表現せざるを得ない1冊です。精神科リハビリテーション関係者に限らず,病いからの回復を支援する人,リカバリーをめざしている途中に迷いが生じた人にとって,知っておくべきことが,だいたい全部詰まった本です。
ところで,この本は教科書としては典型的ではありません。まず図が著しく少ないことが目につきます。最近の教科書は図が多めのものが多い中,できるだけ「言葉」で伝えようとする姿勢に,リハビリテーションの技法より,人がなすことの意義を強調しているのだと思いました。本文はですます調で,語りかけるようにつづられていて,専門用語が少なめで,日常生活の暮らし言葉が多く使われているのも,非典型的ですが,おかげで精神医療のすべての職種の専門家と,ピアスタッフ,当事者家族も読むことができます。ただ,読み進めていくと,平易な文章は学術的な難しい事象をわかりやすく説明しているだけではなく,文章の中に著者の信念や迷いも織り込まれていることが伝わってきます。教科書の在り方として,著者の治療への不完全さや,情緒的なゆらぎを表現することは,意見が分かれるかもしれません。しかし,理論を組み立てながら,著者の思いがクッションのように置かれているから,理屈だけではなく,精神科リハビリテーションの限界と可能性が読者に染みるように伝わってくる,魅力的な1冊になっています。本の内容を視覚以外で感じることができるなら,この本は懐かしさと暖かさが感じられるような,そんな本だと思いました。
Copyright © 2019, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.