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医学史を飾る先人たちの著作を手に取り,その事蹟を詳しく知ると,それぞれの時代の中で医学を築き上げてきた英智と努力に心洗われる思いがする。古代ギリシャのヒポクラテスは,さすがに紀元前400年頃というだけあって,解剖や病気についての理解は表面的なものにとどまるが,「誓い」の中に記された医師としての倫理には現代にも通じるものがある。ローマ帝国の2世紀に博学を誇ったガレノスの著作には鋭い論理の切れ味があり,解剖学の優れた観察をもとに古代の医学理論を集大成した業績は,あらゆる意味で西洋医学の原点である。16世紀のヴェサリウスが著した『ファブリカ』の解剖図の圧倒的な迫力と人を魅了する芸術性は,人体の観察をもとに近代医学を再出発させた原動力であった。17世紀のハーヴィーによる血液循環論,18世紀のブールハーフェによる医学教育の革新が果たした役割についてはいうまでもない。19世紀以後には,臨床医学,実験室医学,さらに細菌学と医療技術に携わる数多くの医学者の手により,今日の高度な医学が生み出されたのである。リスターによる無菌手術,コッホによる病原菌の発見,レントゲンによるX線の発見,アイントーフェンによる心電計の開発,フレミングによる抗生剤の実用化が今日の医療にもたらした恩恵がどれほどのものか。日本の医学者では,『解体新書』の杉田玄白だけでなく,細菌学の北里柴三郎,刺激伝導系を発見した田原淳の名も挙げてしかるべきだろう。それぞれの医学者に,それぞれの物語がある。
医学の歴史については,名著と呼ばれるものがある。小川鼎三『医学の歴史』(1964),川喜田愛郎『近代医学の史的基盤』(1977),Singer & Underwood“A short history of medicine”(1962)には酒井シヅらによる日本語訳がある。これらの名著は,高い学識を有する著者が医学の広い範囲にわたって書き上げたもので,教えられるところが多々ある。また解剖学,生化学,病理学,細菌学,外科学,神経学,血液学,麻酔学など,学問領域ごとに優れた歴史が書かれている。とはいえ領域ごとの医学史は初学者には詳しすぎるし,医学史全体を収めたものはやや敷居が高いうえにかなり古びてしまったように見える。医学の歴史について,医師だけでなく一般の人にもなじみやすい入門書がないものかと,長らく願っていた。
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