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研究所の教授という職は55歳が能力の限界だから,という理由で京大ウイルス研究所を辞められた市川康夫先生の本,「山なみ遠に—僕にとって研究とは」(1990年,学会出版センター刊)をとても面白く読んだ.小児白血病に興味を持ち,京大病理の天野研究室に飛び込んで,大変な努力の末,白血病ウイルスを発見された先生が,目覚ましい生物学の発展の中で,「刀折れ矢尽きて」女子大の教授に転身されるまでを描いたものだが,先生の正直な人間性がとてもよく表れていた.もちろん,全く面識はないが,基礎研究の厳しい現場で分秒を競いながら,はたからみれば,きわめてスマートに教授となられた先生が,その悩みや弱さをさらけ出し,結局,自分にとって研究とは何だったのかと自問する謙虚さに感銘を受けた。それとともに,経験を積み重ねることが力となる臨床とは違って,基礎の世界は厳しいものだと思った.しかし,われわれ凡人が抱くのと同じような研究に対する悩みや不安を,レベルの差はあれ,こういう人たちも抱くのだと知って,少しホッとした.「生き恥かきたくない」から「研究生活から敗走する」のだと自嘲めいて述懐される先生も,逆から見れば,研究に自らを燃焼しつくしたわけで,ある意味では,幸せな人だとも思った.その先生が,「すぐお腹が空くくせにすぐ満腹する」ような粘着性のない研究はいけない,といわれると,まるで自分のことを見透かされているようで,小粒な自分の研究を反省することしきりである.
きょうもたまたま同僚の先生が「免疫学をもう一度勉強しようと思って学生の講義を聴講したけど,遺伝子ばかりで全然判らなかった」というのを聞いて,市川先生の場合とスケールは違っても,徐々に研究の最前線との距離が開いていくのかと少し淋しい気がした.その市川先生が,静かな余生を過ごそうと移った女子大でも,「dischargeだけでは余生といえども生きてゆけないこと,chargeしつづけることの喜びを知った」と書かれたくだりが印象に残った.「笑わば笑え,僕にとって研究とは,結局生きてゆくことなのだ」—私にも,またファイトが湧いてきた.是非ご一読をすすめたい一冊である.
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